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【千葉】

「俳優の中の俳優」緒形拳さん 友人の知久さんが四街道に記念館

緒形拳さんの写真パネル=四街道市で

写真

 二〇〇八年に七十一歳で死去した俳優の緒形拳さんゆかりの品を集めた「緒形拳記念館」が、四街道市もねの里に設立された。親交があった同市の自動車販売業、知久(ちく)光夫さん(70)が、緒形さんの直筆の手紙や書などを展示。「全身で演技に打ち込み、家族も大切にした拳さんの魅力を知ってほしい」と話す。 (中山岳)

 記念館は、知久さんが今年八月に自宅敷地内に建設。二階建ての館内に、「黙々」や「花」といった多くの書をはじめ、愛用した眼鏡、テレビドラマの撮影で着たセーターなど、約千点の品が並ぶ。緒形さんの妻典江さんから託された、映画やテレビドラマのロケ中の写真も数多く展示している。

 梨の絵とともに、勢いのある字で「ごちそうさまッ」と記されたはがきなど、人柄がにじむ手紙も目を引く。知久さんは「私が季節の食べ物などを送ると、必ずお礼状を送ってくれた。とても義理堅い人だった」と振り返る。

 緒形さんは、映画「楢山節考」や「復讐(ふくしゅう)するは我にあり」(いずれも今村昌平監督)など、数多くの映画、テレビドラマ、舞台などで幅広く活躍。知久さんによると、緒形さんは幼いころ、戦争を避けるために千葉市に疎開し、高校時代の途中まで暮らした。知久さんは、亡くなるまでの約二十五年間、家族ぐるみで交流。緒形さんの死後も、典江さんや長男で俳優の幹太さんらと付き合いを続けている。

 知久さんは、友人らを連れて緒形さんの舞台もよく見に行った。「全力で役を演じて疲れているのに、楽屋で冗談を言うなど、気さくに付き合ってくれた。エネルギッシュで、まさに俳優の中の俳優だった」と語る。

 記念館の別室には、幹太さんの書も展示している。現在は、知久さんの仕事の顧客を優先して公開しているが、今後、期間限定で一般公開も検討している。問い合わせは、ホンダカーズ四街道=電043(422)0360。

 

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