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【千葉】

<家族のカタチ>(1)一家で理容・美容室を切り盛り 両親の背中見て仕事継ぐ

家族で理容室、美容室を続ける日高朴さん、美知代さん(中央)夫妻ら=千葉市中央区で

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 妻となる女性を頼って島を出た。二十八歳のときだった。自分の稼ぎを生活費に充て、妻の給料は貯蓄に回した。生活は苦しかったが、一日も早く二人の店を持つために必死で働いた。新天地の千葉市で、二人っきりの家族のスタートだった。

 日高朴(すなお)さん(81)、美知代さん(77)夫妻は、千葉市中央区で理容室二店舗と美容室を構え、長男夫婦や次男夫婦、次女たちと三つの店を切り盛りする。長男の博明さん(49)に理容室の店長は譲ったが、朴さんは今も「マスター」と慕われ、常連客の髪を整える。

 勤務時間は午前八時から午後八時。休みは週に一日と労働環境は厳しい。技術が売りとはいえ、決して、もうかる仕事ではない。千円カットがもてはやされる昨今、街の理容室や美容室は後継者もなく、次々と店を閉めていく。

 朴さんは一九三六年、鹿児島県種子島で生まれた。家計を助けるため、高校を半年で中退。島の理容室で住み込みで働き、こき使われた。「島にはあまり仕事がなかった。体も強くないから理容師ぐらいしかなかった」と振り返る。

 二十二歳で独立し、島で理容室を開いたが、その後、一足早く上京し、千葉市内で美容師として働いていた美知代さんを追いかけ、六四年、東京五輪の年に結婚。六六年に二人で理容室を開業した。

 そんな両親の背中を見て育った博明さんは、一度も仕事を継ぐよう言われたことはなかったという。ただ、朴さんからは「いい仕事だぞ」と言い聞かされてきた。厳しい修業に耐え、父と同じ道を選んだ。「髪を切りながら話を聞いていると、その人の人生を知ることができる。お客と一緒に年を取っていける」と、魅力を語る。

お客の髪を整える日高朴さん

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 職人かたぎの美知代さんは「いい仕事をすれば満足してもらえる。決してお金ではない。五十年通ってくれる常連もいる」と胸を張る。母親から美容室の経営を引き継いだ次女の京子さん(50)は、そんな母親を「人当たりが素晴らしい」と誇らしげに見つめる。

 朴さんの孫で、博明さんの長女の瑞季(みずき)さん(21)は現在、東京都内の理容室で修業中だ。「両親が仕事をしているのを見て、すごく良いなと。ただ、特に理容師を目指す理由はないかな」と屈託なく笑う。

 朴さんと美知代さんの仕事は、三代にわたって受け継がれようとしている。朴さんは「いい仕事だと思ったことなんてないよ」とうそぶく。「千葉に来て、もう五十三年になるんだなぁ」。「家族みんなが仲良くやっている。感謝しているよ」と目を細めた。 (林容史)

     ◇

 家族は、誰かに強いられるものではなく、何かの縁で結びついた人たちが、笑い、悩み、けんかしながら、つくりあげていくもの。二〇一八年の始まりに、魅力あふれる千葉の家族の物語を紹介します。

 

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