東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 千葉 > 記事一覧 > 3月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【千葉】

西武船橋店、半世紀の歴史に幕 最終日7万人来店

正面入り口のシャッターが下り、半世紀にわたる営業を終えた西武船橋店=船橋市で

写真

 JR船橋駅南口の西武船橋店(船橋市本町)が二十八日、閉店した。営業不振を理由に、半世紀にわたった歴史に幕を閉じた。開店前には約三百人が列をつくり、最終日は約七万人が来店した。運営するそごう・西武は、「跡地の再開発に向け、複合施設化を視野に検討中」(広報)としている。 (保母哲)

 同店は「海の見える百貨店」をキャッチフレーズに一九六七年九月開店した。鉄筋コンクリート造り地上十階、地下一階建て。九八年八〜十月には隣接地に別館・ロフト館(七階建て)がオープンし、店舗と駐車場を備えたロフト館とを合わせ、売り場面積は四万二千四百十四平方メートルだった。

 直営店のほか、専門店街のテナントは四十三店。売上高は一九九二年二月期の五百五十一億円をピークに減少傾向で、二〇一七年二月期は百六十九億円に落ち込んでいた。

 そごう・西武は昨年八月下旬、「隣接店や新設店などとの競合環境が厳しく、抜本的な収益改善は不可能」として閉店を発表。西武船橋店は十二月から閉店セールを始めており、今年二月の売り上げは前年同期比で約二・五倍、入店者数は同一・八倍となった。

 営業最終日、開店前に先頭に並んだのは、同店の食料品売り場で三年間働いた船橋市内の元契約社員の女性(35)。幼いころから買い物を楽しんだと思い出を口にし、「百貨店の経営は大変な時代になったが、これからも百貨店は生き残ってほしい」と願った。

 市内の主婦(92)は四十年以上、週二回ほど足を運んだといい、「寂しいね」と声を落とした。一緒に買い物をした息子(67)夫婦も「地下の食料品売り場やレストラン街は残してほしかった」と、閉店を惜しんだ。

◆閉店、県内でも相次ぐ 21日には伊勢丹松戸店も

 県内でも、百貨店が相次いで姿を消している。背景には消費の低迷をはじめ、チェーンストアや大型ショッピングセンターの新設、最近はネットショッピングの浸透などが挙げられる。

 近年では、そごう柏店(柏市)が二〇一六年九月、三越千葉店(千葉市)が一七年三月、それぞれ閉店した。今年は西武船橋店に続き、今月二十一日には伊勢丹松戸店(松戸市)が四十三年の歴史に幕を閉じる。大型店では、千葉パルコ(千葉市)が一六年十一月に営業を終えた。

 県の商業統計調査によると、「大型百貨店」は一九九九年に十五店だったが、一四年には七店と減っている。県内の主要百貨店は、伊勢丹松戸店が閉じると、東武船橋店(船橋市)、そごう千葉店(千葉市)、高島屋柏店(柏市)の三店舗。この一年半で半分以下へと様変わりする。

 百貨店グループで過去、県内にあった主な店舗は次の通り。(=以下は閉店年)

 松屋船橋店(船橋市)=一九七四年▽津田沼高島屋(習志野市)=八八年▽船橋そごう(船橋市)、茂原そごう(茂原市)、木更津そごう(木更津市)=二〇〇〇年▽十字屋銚子店(銚子市)=〇五年

<百貨店> 大規模な店舗に多種類の商品を販売する小売店。デパートメントストア、略してデパートとも呼ばれる。日本で最初の百貨店は1904年、「デパートメントストア」宣言をした三越とされる。商業統計調査の「大型百貨店」は、売り場面積が3000平方メートル以上(東京・特別区と政令市は6000平方メートル以上)などと定義されている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報