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【千葉】

石の卒塔婆「板碑」で見る中世の白井 市教委が30日に文化財講演会

「七次の板碑」のうちの1点。高さ51センチで、14世紀後半に造られたとみられる(白井市教育委員会提供)

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 中世の日本で、追善供養に用いられた石の卒塔婆「板碑(いたび)」をテーマに、当時の北総地域の様子を考察する文化財講演会「板碑から探る中世の白井」が三十日、白井市文化会館で開かれる。市内で出土した板碑の現物も鑑賞できる。

 同市根の七次(ななつぎ)地区でまとまって出土した板碑の大半が昨年、市に寄贈されたことを受け、市教育委員会が報告会を企画した。板碑の総点数は百三十点以上に及び、これだけ多量に見つかることは県内でもまれという。

 市教委生涯学習課の戸谷敦司学芸員によると、七次の板碑は紀年銘から、最古は鎌倉時代末期の一三二八年、最新は室町時代中期の一四六八年ごろの建立と推測されている。いずれも埼玉県秩父地方で産出の「緑泥片岩(りょくでいへんがん)」を加工。高さは七一・四〜二八・八センチで、平均で五〇センチほどになる。

 戸谷さんは「七次にはかつて地蔵堂があったと伝わっており、大きな墓地と有力な支配者の存在が考えられる」と話す。報告会では、戸谷さんが中世の白井の全体像を古文書などからひもとき、市郷土資料館運営協議会の倉田恵津子会長が「考古学から探る七次の板碑」と題して講演する。

 一方、緑泥片岩などを各地に広めた水運や、利根川をはじめ、現在とは異なる河川の姿を、松戸市立博物館の柴田徹研究員が「関東地方における中世の河川流路と石材流通について」の演題で解説する。

 報告会は午後一時開場。入場無料。定員九十人。問い合わせは同課=電047(492)1123=へ。 (堀場達)

 

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