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【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

小道と小花と “幕張草原”のすばらしい記憶

かつての「草原」の跡には、幕張メッセやビルなどが立ち並んでいる=千葉市美浜区で、本社ヘリ「あさづる」から

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 幕張新都心を構成する道や巨大な建造物などが造られる前は、一面緑の雑草が生え茂る「草原」だった。かつての海岸線からたぶん三、四キロはコンクリートで四角く区切られた海浜の草原がつくられていたのである。その草原になるまで少なくとも半年はかかっただろう。

 その間にもぼくはどんどん成長し、小学校を卒業するような年になっていた。もうそれまでのように仲間たちと頻繁に海へ行くことはなくなってしまったが、草原の中には不思議と細い道が何本もできていて、たぶんそれは草原ができたあとでもさらに砂を沖へ沖へと運ぶ区画があったから、そのトラックのわだちが自然に道のようになってしまったのだろう。けれどぼくは草むらの中を歩いて行くのが好きだった。雑草はせいぜい十〜二十センチぐらいの長さで、いろいろな種類のものが生えていた。

 今思うには、貴重な風景だった。海べりに好んで生える雑草なども多かっただろうから、それらが網羅されている図鑑のようなものがあったらひとつひとつ調べたりしたかもしれない。

 雑草も季節になれば花を咲かせる。みなさして目立たない小花だったけれど、草原全体がいくつかの色の違う花のエリアをつくっているときもあったから、そういうものがずっと破壊されることなく残っていたら、貴重なある種の海浜ビオトープのようなものになっていたはずだ。

 みんなで海に行って一日中遊ぶのは、小学校六年生あたりが最後だった。家から運動靴にシャツやズボンをはいて行ったから、海に入る前にそれらを脱いで、草原のなかに丸めて隠すことになる。今思えば、小学生のボロ靴や服などを盗んでいく人などいなかっただろうに、ぼくたちはけっこう真剣にそれらをまとめて、比較的丈のある草むらの中の葉の下に隠すようにした。

 大事なのは帰りにその場所をきちんと見つけることで、それは陸地側に見える比較的よく目立つ、例えば風呂屋の煙突や、横手に見える遠くの海沿いの大きな建物などを記憶することだった。知らず知らずのうちに座標の中の一定の軸になるものを自分の体で描いていたのだ。

 海の方にはあまりはっきりしたポイントというものはなかったから、三方向でポイントを決める、やや不完全な座標軸であったけれど、隠し場所を見失っておろおろするということは一度もなかったから、けっこう役に立つ指標をこしらえていたのだった。

 その草原でもうひとつ自然に発見していたのは、夏の夜など花火見物に出かけたとき、蚊があまりやってこないエリアがいくつかあることだった。その頃から数十年後に、ぼくはモンゴル各地に十回以上も旅をすることになるのだが、本格的なモンゴルの大草原にもそれと同じように蚊の寄ってこない草のエリアがあることを知った。それはニガヨモギという草で、蚊取り線香などを作る素材になっているのを知った。 (作家)

 

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