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【過ぎし楽しき千葉の日々 椎名誠】

先輩2人が加わり… ドキドキの宝物タンケン隊

人工海浜「幕張の浜」。今は遊泳が禁止されている=千葉市美浜区で

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 ぼくたちの仲間に年上の二人組が加わった。二人とも中学の二年生だった。それまでもまちなかなどで顔見知りだったが、一部を除いて親しく話をするまではいかなかった。でも「幕張海浜草原」で出会うと妙に懐かしい気持ちになり簡単に親しくなった。

 二人は同じ中学の一年先輩だったし、何人かは同じ運動クラブで先輩、後輩のあいだ柄だったから、たちまちぼくたちはその二人の子分のようになってしまった。

 また検見川町の連中と出会ったときにこれでかなり有利になる、というひそかな安心感もあった。一年先輩の仲間が入ると遊びかたも前と少し変わっていった。

 海岸草原の突端のほうに新たにつくられた有料休憩所「海の家」ももう閉まっていたけれど、先輩二人は「宝探しだ」と言ってその中にどんどん忍びこんでいった。

 埋め立て以前の海岸に海の家があったときは、その夏の営業をやめるときは数人の男たちが海の家全体を解体した。ぼくたちはその日の作業が終わったあとなどによく忍びこんでいたが、草原海岸にあたらしくできた海の家は季節が変わり、営業が終わっても入り口のところだけ頑丈にバラ線などで囲って、本体そのものは海の中に建っていた。ぼくたちは海に入り、柱をよじのぼって簡単に無人の海の家に忍びこむことができた。

 といっても営業を終えた海の家の中はがらんどうで何をすることもない。自然にプロレスごっこなどをはじめたりしていたが、それは海の家の板の間などではなく、むしろ埋め立て地の草の上でやるほうがなにかの拍子に投げられたときなどダメージが少ないということに気がつき、やらないことになった。

 そのうちに新たに加わった先輩二人が「おい、宝探しをやろう」と言いだした。二人は売店のところにいて、ぼくたちを手招きしている。

 売店といってもベニヤ板で囲った幅二メートルもない粗末なつくりのもので、入り口だけがラワン材のかっちりしたドアになっていて南京錠がかけられていた。

 先輩二人のうちのハラシマという名の背の高いほうは映画スターのような顔をしていていかにもかっこよかったが、今思えば「悪賢い」ところもあって、ぼくたちが思いもよらないことを言ったり考えたりするのでやがて少し警戒するようになった。

 そのハラシマは「このドアのむこうに宝物があるぞ」と言った。ぼくの仲間はなんのことを言っているのかわからなくて「ふーん」などと言っていたが、「おまえら夏のあいだにこの売店にいろんな商品が置いてあるのを見ているだろう」と言った。言われてみるとたしかにいつも客がむらがっていて、氷アイスとかよく冷えたサイダーなどアコガレのものをみんな買っていた。そのときもぼくたちは海水浴場の入場料など払わずに海から柱をよじ登って入ってきたのだが、誰もそういうものを買うお金がなかった。(作家)

  

 

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