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【社説】

経産省取材規制 世耕大臣は考え直せ

 経済産業省が庁舎内のすべての執務室の扉を施錠する措置を始めた。「情報管理を徹底する」ためというが、本質はメディア規制である。国民の「知る権利」を脅かす異常事態と言わざるを得ない。

 「企業情報や通商交渉など機微(のある)情報を扱っており、庁舎管理を徹底する」−。世耕弘成経産相は施錠の目的について、先月下旬の記者会見で語った。

 メディア側は庁舎内にある内線電話で連絡して扉を開けてもらい応接スペースで面談する。省内ルールでは取材には課長、室長以上の幹部が対応し、同席した別の職員がその内容を広報室に報告する。かつ庁舎外での取材には原則応じないともいう。

 これは事実上、メディアを規制する発想であろう。情報の「密室化」でもある。NTTの広報部報道担当課長という経歴を持つ世耕氏は、「一般的なセキュリティーに合わせるべきだと以前から感じていた」とも語っている。

 しかし、政府が握る情報は本来、国民のものである。世耕氏はその観点を見失っていないか。役所の情報は原則が「公開」であり、「非公開」は例外に置かねばならない。そうして民主的な行政が推進できる。情報公開法の根本的精神である。民間企業とはそこが異なる点である。

 そもそも安全保障や外交など重要な機密情報を扱う部署を除けば、どの省庁も施錠などしていない。経産省が全ての執務室を施錠するのは異様な光景である。

 メディア側が官庁に記者を置くのは、役所の発表記事だけを書くためではない。むしろ役所の隠したい事実を掘り出し、不正などをチェックするのが本質的な任務である。官庁発表に対しても常に疑問を持ち、矛盾があれば指摘しなければならない。大きな権限を握る中央官庁は、権力であるが故に当然、メディアのチェックを受けるべき存在なのである。

 課長以上の取材に対して、職員がメモをして内容を報告するというルールも行き過ぎである。報告されることが前提ならば、取材を受ける側は必要最小限のことしか語らなくなるだろう。

 国民の「知る権利」が大きく損なわれる。

 経産省は福島第一原発事故の情報開示でも消極的だった。行政とは国民生活を豊かにするために存在する。その情報を伝えるメディアへの管理・規制とは、民主主義の柱を揺さぶる。世耕氏は考え直すべきである。    

 

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