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【社説】

3・11とイチエフ廃炉 “非日常”がなおそこに

 六年たってもイチエフ廃炉の先は見えない。あらゆる命を拒む深い闇との境界で、手探りの危険な作業に挑み続ける人やロボットに、心を送り続けたい。

 福島第一原発(イチエフ)から南に約二十キロ、高台に立つ楢葉遠隔技術開発センターは、巨大な何かの格納庫を思わせる。

 通称モックアップ施設。モックアップとは実物大の模型のことで、廃炉の実動部隊であるロボットたちの、いわば訓練場である。

 高速増殖原型炉の「もんじゅ」と同じ、日本原子力研究開発機構(JAEA)の運営だ。

 建設費は約百億円。一昨年十月の開所式では、安倍晋三首相も祝辞を述べた。

 ロボットの動きを確認する試験棟には、原子炉格納容器の下部にあるドーナツ型の圧力抑制プールの一部が実物大で再現された。

 高さ五・五メートル、直径四・五メートルの円筒形の水槽や、高さ七・五メートルのモックアップ階段などもある。

 昨年の秋にセンターを訪れた。

 鉄腕アトムのような雄姿はもちろんない。巨大化した昆虫にも見えるロボットが、ぎくしゃくと階段を昇降し、障害物を乗り越える地道な訓練を積んでいた。

 先月、その中の恐らくエースが、2号機内部の探査に投入された。国際廃炉研究開発機構(IRID)と東芝が共同で開発したサソリ型の自走式ロボットだ。前後に二台のカメラを積んでいた。

 「溶け落ちた核燃料(デブリ)を初めて間近で確認できる」と、関係者は意気込んだ。

 デブリの実態把握こそ、“百年仕事”ともいわれる廃炉作業本番の、はじめの一歩だからである。

 ところが、生身の人間なら一分足らずで死に至るという放射線の嵐の中で、わずか二メートルしか進めずサソリは力尽き、動けなくなってしまった。

 「失敗とは認識していない」と東京電力側は言い繕う。だが、エースの仕事としては、明らかに期待外れだったというのが、直視すべき現実だ。

 放射線とはエネルギーの固まりだ。分子の結合を破壊して、電子回路を短時間で劣化させる威力がある。人間の細胞をがん化させるのとメカニズムは同じである。

 人はもちろん、ロボットさえも、決死の覚悟で赴かなければならないような環境が、あの日から六年を経た今もそこにある−。これがサソリの遺言なのだ。

 廃炉作業の最前線にも、日常が戻り始めているという。

◆ささやかなこの日常

 一昨年三月、原発のある大熊町内に給食センターが開設された。

 イチエフで働く約七千人の作業員が、温かいランチを食べられるようになったという。

 昨年三月には、構内の大型休憩所にコンビニがオープンした。

 甘いシュークリームが一番人気。作業の疲れを癒やしてくれる。缶飲料や弁当、雑誌類は見当たらない。かさばる“ごみ”が増えるといけないからか。日常という言葉は実はとてつもなく重い。

 目の前に、人もロボットさえも近づくことのできない「死地」があり、傍らに先の見えない作業に追われる日々がある。門の外にはこの六年、時間が凍結したまま人影のないまちがある。これこそ戦闘のない戦場ではないか。閉ざされた世界と時間の中で過酷な作業を続ける緊張が、コンビニのカップ麺にも、日常を感じさせるのだろう。

 六年を経てなお、門の向こうに未知の危険があって、それが永く続く恐れもあることを、私たちは忘れるべきではない。

 戦いは始めるより、収める方がはるかに難しい。私たちは、消し尽くすすべを持たないままに原子の火をともし、増やし続けてきたのである。

◆共感をハートに込め

 名古屋市に住むイラストレーターの茶畑和也さん(61)は、六年前の三月二十八日以来毎朝一点、ハートをモチーフにしたイラストを描き、福島に向けてネットで配信し続けている。

 震災翌年、福島県いわき市で開いた展示会には多くの廃炉作業員が訪れた。

 六年変わらず、日々「忘れない」との思いを込めて、あすで二千百七十七点目。「人ごとではない」という気持ちから、老朽化した高浜原発の廃炉を求める市民の会の共同代表も引き受けた。

 人の命や暮らしを尊ぶハートがあれば、今、原発は動かせない。

 

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