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【社説】

週のはじめに考える 心の通う人と過ごす

 働き方も男女の絆も家族の形も大きく変わる中、新年度が始まりました。新社会人のみなさんは何を大切にして、どこを目指しますか。

 この四月、社会へと一歩を踏み出したみなさんは一九九〇年代後半の生まれでしょう。

 世界経済に波紋を広げた金融危機、リーマン・ショックが起きた二〇〇八年九月は、まだ小中学生でしょうか。

 その年の暮れ、一本の米国アニメ映画が日本でも封切られました。汚染された地球から人間が逃げ出したあと、独りぼっちで残されたごみ処理ロボットの物語「ウォーリー」です。舞台は八百年後の西暦二八〇五年。夢中になった人も多いでしょう。

◆ロボットにおまかせ

 その一シーンにホバーチェアという宙に浮かぶイスに座って暮らす人間が登場します。

 歩く必要さえなく、仕事も身の回りの世話もすべてロボットがしてくれる。何もせず食べて遊んでいるだけ。みんな丸々と太っています。

 先週、政府が検討してきた働き方改革がまとまりました。

 学生時代、ブラックバイトも経験してきた世代には、長時間労働の見直しや賃金格差の是正は気になるところでしょう。

 でもスマートフォンを自在に使う世代です。それ以上に無関心でいられないのは人工知能(AI)とロボットの速すぎる進歩ではないでしょうか。

 二八〇〇年どころか十数年後の二〇三〇年には、今の仕事の半分以上をAIやロボットが担う。二〇四五年にはAIが人間の能力を超えてしまうと予想されているのです。

◆命吹き込む絆

 オックスフォード大学准教授が発表した「消える職業、なくなる仕事」の一覧はショックでした。日本でも工場などの生産現場で働く人、事務職のホワイトカラーなど二百四十万人の職場がなくなると三菱総研は試算しています。

 ウォーリーに登場する人間のように遊んで暮らすどころではありません。残るのは創造的な仕事だけ。そんな才能のない普通の人はどうすればいいのか。不安が募ります。

 ではAIやロボットの力を借りてホバーチェアでのんびり生活−が理想の暮らしでしょうか。

 映画はぐうたら生活を送る無気力な人間を退廃的に、否定的に描いています。

 ウォーリーのテーマのひとつは、そんな気力を失った人間に生命力を吹き込む「絆」です。

 白いロボット、イヴと出会い気持ちが通うようになります。いっしょに冒険を繰り広げるのですが、その姿に人間は共感して気力を取り戻し、ホバーチェアから立ち上がることになります。

 人と人の絆も働き方とともに変化してきました。

 高度成長期には「男は会社に入って終身雇用、女は結婚して家庭に」という働き方、夫婦や家族がモデルでしたが、過去のものになりつつあります。半面、新しいモデルはできあがっておらず、人を結び付けてきた絆がほどけかけているようにも見えます。

 それを象徴しているのが「非婚」かもしれません。結婚しない男女が増えています。

 一五年の国勢調査では三十代前半の男性のほぼ半分、女性の三割強が未婚です。五十歳まで一度も結婚しない男性は23%、女性は14%。この三十年余りで大幅に増えました。

 理由は経済的に難しい、一人が楽、恋愛離れなどさまざま指摘されますが、絆の弱まりは新たな不安や悩みを深めます。先々の仕事や収入、結婚すべきかどうか、老後の生活、孤独…。

 霊長類学者の山極寿一さんがツイッターなどでこんな話をしています。「人間は七百万年の進化の過程で、高い共感力を手に入れ、協力することで安心を得るようになった」

 人と人とは心を通わせ、互いを信頼し、共に時間を過ごすことで大きな不安を乗り越え、安心を得てきました。絆です。

◆何より大切なのは

 AI社会がすぐそこに迫り、ウォーリーの世界のように働くことの意味さえ見失うかもしれません。でも山極さんの言うように、あるいはウォーリーとイヴの手が触れ合った瞬間のように、共感や協力、絆が不安を乗り越えて自ら歩く根源的な力だとしたら、どうでしょう。

 一緒にいるとくつろぎ、気持ちが通じて、明日を確信できる人とひと時を過ごす−何より大切なことかもしれません。これからたくさんの困難に出合うだろうみなさん、そのときは子どもの時に見た映画「ウォーリー」を思い出してみてください。

 

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