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【社説】

桐生選手 9秒98、心の壁 破った

 陸上男子の桐生祥秀選手(21)が100メートルで日本人で初めて10秒の壁を破る9秒98を記録した。9秒台への重圧を乗り越えたことは、日本の短距離界にとっても大きな意味を持つ。

 陸上100メートルで9秒台がどれほど大きなものか。それは昨年のリオデジャネイロ五輪でも分かる。決勝に進出した八選手が持つ自己ベストは9秒58のボルト選手(ジャマイカ)を筆頭に全員が9秒台だった。10秒の壁を乗り越えることが、五輪の決勝の舞台に進む最低条件ということになる。

 100メートルを9秒台で走ることは、日本では果てしなき夢だった。

 速く走るために必要なのはスタートはもちろんのこと、一歩の歩幅(ストライド)を大きくし、足の回転(ピッチ)を速くすることが求められる。ストライドに関しては体格にも左右され、日本は海外の大型選手には太刀打ちできないと長く言われてきた。

 そんな日本にとって追い風となったのは科学技術の進化だろう。センサーや高感度カメラ、コンピューターグラフィックなどを駆使して選手個々の走りを分析し、特性に合わせてベストなスタート時の前傾角度、体重のかけ方などを割り出し、それに合わせた効果的な練習を組み合わせた。

 得意のハイテク分野で選手の技術、体力は世界のトップレベルに近づき、ここ数年は9秒台が時間の問題といわれてきた。それでも乗り越えるのが難しかったとされるのは精神面だった。10秒を切りたいという思いが平常心を失わせ、体のバランスがわずかに崩れただけでも9秒台から遠のいた。

 桐生選手が記録した9秒98は、心の壁を破ったというだけでも大きな価値を持つ。これからの選手は「日本人初の9秒台」という数字に振り回されることなく、身近に存在する桐生選手に追い付き、追い越せという新たなモチベーション(動機づけ)を持つことになる。強力な選手の存在が競技全体のレベルを引き上げていくことは、あらゆるスポーツの世界で実証されていることだ。

 今後は桐生選手とともに10秒の壁と戦ってきた自己ベスト10秒03の山県選手、10秒05のサニブラウン選手らが次々と9秒台を出すことは十分に考えられる。桐生選手が感慨を込めた言葉「やっと世界のスタートラインに立てた」は、日本の陸上短距離界にとっても同じ。二〇二〇年東京五輪に向け、このうえない弾みがついた。

 

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