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【社説】

翁長知事死去 沖縄の訴えに思いを

 沖縄の保守政治家として、なぜ保革の垣根を越えた「オール沖縄」を率いて安倍政権と真っ向対決してきたのか。翁長雄志知事が亡くなった。その訴え、沖縄の現状をよく思い起こそう。

 翁長氏の政治信条は「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティー」の言葉に象徴されていた。

 国土の0・6%の広さしかない沖縄県に、国内の米軍専用施設の70%が集中する。にもかかわらず政府は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の代替施設として、同じ県内の名護市辺野古に新基地建設を強行している。日本国憲法よりも日米地位協定が優先され、県民の人権が軽視される。

 そうした差別的構造の打破には保守も革新もなく、民意を結集して当たるしかない、オール沖縄とはそんな思いだったのだろう。

 言い換えれば、沖縄のことは沖縄が決めるという「自己決定権」の行使だ。翁長氏は二〇一五年に国連人権理事会で演説し、辺野古の現状について「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている」と、世界に向け訴えた。

 父、兄が市長、副知事などを務めた政治家一家に生まれ、那覇市議、県議、自民党県連幹事長などを歴任した。県議時代には辺野古移設を容認していたが、那覇市長当時の〇七年、沖縄戦の集団自決に日本軍の強制を示す記述が削除された教科書検定問題を巡る県民大会に参加。さらに、民主党政権の県外移設方針が迷走したことなどを機に移設反対にかじを切る。

 戦争につながる基地問題に敏感なのは、沖縄戦後、激戦地に散乱したままだった戦死者の遺骨集めに奔走した実父の影響も強いとされる。「保守は保守でも自分は沖縄の保守。本土の保守政権に対して言うべきことは言う」が口癖でもあったという。

 翁長県政の四年弱、安倍政権はどう沖縄と向き合ったか。県内を選挙区とする国政選挙のほとんどで移設反対派が勝利したが、その民意に耳を傾けようとせず、辺野古の基地建設を進めた。菅義偉官房長官は九日の記者会見でも、辺野古移設を「唯一の解決策」と繰り返すのみだ。

 内閣府が三月に発表した自衛隊・防衛問題に関する世論調査で、「日米安保が日本の平和と安全に役立っている」との回答が約78%を占めた。安保を支持するのなら、その負担は全国で分かち合うべきではないか。翁長氏の訴えをあらためて胸に刻みたい。 

 

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