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【社説】

パラリンピック バリアフリーを心にも

 二〇二〇年東京パラリンピックの開幕まであと二年を切った。世界中から大勢の障害者が集う祭典は、誰もが暮らしやすい「共生社会」を目指してバリアフリーを一層加速する機会でもある。

 今月行われた車いすラグビーの世界選手権で、日本代表が初優勝した。快挙の背景に、関心の高まりがある。国内大会「ジャパンパラ競技大会」を例に取ると、車いすラグビーの観客は二〇一四年度はわずか五百人。それが一七年度は約三千八百人、一八年度は約八千五百人と急増した。二年後へ向けた弾みだ。

 そもそもパラリンピックは、英国での第二次世界大戦の負傷者のリハビリが源流である。日本では一九六四年東京大会を機に、施設などで一生を過ごすことの多かった重度障害者の生活が変化した。欧米選手のように職に就き、家庭を持ち、旅行を楽しむ。それを社会で後押ししようと、さまざまな法律が整備されてきた。

 しかし、半世紀以上たっても環境が整ったとは言い難い。昨年度の国の調査では、週一日以上スポーツをした人の割合は健常者約50%、障害者約20%。内容も散歩や軽い体操にとどまる人が多い。スポーツ施設の受け入れはもちろん、交通機関や立ち寄る飲食店、トイレなど、バリアフリーを点から線、面へと日ごろから広げておく必要がある。

 何より不可欠なのは、支える人の存在だ。電動車いすで多くの国を訪ねた東京家政大学非常勤講師の小島直子さん(49)によると、日本の大都市のバリアフリーは欧米に比べても進んでいる。が、「恥ずかしいところもある」という。

 駅のホームのエレベーターに「車いすやベビーカーの方優先」の表示がある。それでも、先に乗り込む乗客が多い。海外で経験するような、人々のさりげない手助けや温かさを感じることが少ないそうだ。

 雇用を巡る省庁のデータ水増しなど障害者軽視・差別のニュースが絶えないが、その芽は私たち一人一人の心に潜んでいるのかもしれない。「でも変われるはず。パラリンピックがきっかけになれば」と小島さんは願う。

 第一歩は目を向けることではないか。競技観戦もその一つだが、電車の中で白杖(はくじょう)を持った視覚障害者、足腰の弱いお年寄りが立っているのを見かけることがある。もし私たちが座っていたら…。スマホから目を離し、イヤホンを外して、できることがあるはずだ。

 

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