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建築家よりアーティスト? 新国立競技場デザイン ハディドさん個展

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 新国立競技場をデザインしたザハ・ハディドさん(63)の個展が東京・西新宿の東京オペラシティアートギャラリーで開かれている。「アンビルド(建設されない)の女王」といわれた初期から、世界的に著名となった現在までを振り返る日本初の大規模個展。建築家というよりアーティストと呼びたくなるようなハディドさんの個性がよく分かる。(森本智之)

◆前衛的

 バグダッド出身のハディドさんはロンドンで建築を学んだ。最初に注目を集めたのは一九八三年、香港の高級レジャー施設「ザ・ピーク」の国際コンペ。審査員だった磯崎新さんが推したとされ、五百以上の応募作から一位に選ばれた。しかし、事業者の倒産で計画は実現しなかった。以後も前衛的なデザインのため、評価されても建設されない時期が十年ほど続いた。

 初めて建設が実現したのは九三年の「ヴィトラ消防署」(ドイツ)。複雑なデザインがコンピューターによる設計技術の進歩で実現できるようになり、世界中で建築物を手掛けるようになった。近年の代表作には、ロンドン五輪の水泳会場となった「ロンドン・アクアティクス・センター」(二〇一一年)、「フェーノ科学センター」(ドイツ、〇五年)などがあり、〇四年には建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を女性で初受賞した。

 個展ではこうした作品を当時の図面や模型、映像などで紹介する。注目すべきは、「ザ・ピーク」をはじめとしたアンビルド時代のペインティングの数々だ。カラフルでダイナミックな手描きのペインティングは世界から注目を集める一因になった。建築のための資料というよりも、それ自体が抽象絵画のようだ。

「BMW 中央ビル」(ドイツ、2005年)の模型(手前)やダイナミックなペインティング=東京・西新宿の東京オペラシティアートギャラリーで

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 同時代に日本で手掛けたプロジェクトも大きく取り上げている。建築物以外で初めて実現したのは札幌市のレストラン「ムーン・スーン」(一九九〇年)の内装だった。今回は当時デザインしたソファを再制作して展示。バブル崩壊で頓挫したが、東京の富ケ谷や麻布十番でもビルを設計しており、ペインティングや模型で振り返ることができる。

 一連の作品を見ていると爆発した破片を積み重ねたような「ザ・ピーク」のころの直線的な作風から、うねるような曲線を多用した流動的な作風に変化している様子がうかがえる。巨大さも加わって、近年はそのインパクト抜群のデザインが「宇宙船のよう」などと物議を醸すケースもあり、これも“らしさ”の一つになっている。

 北京の複合施設「ギャラクシーSOHO」(一二年)は真っ白な曲線だけのデザインで、型破りなその特徴をよく表している。こうした近作はプロジェクター映像などで見ることができる。

 新国立競技場は模型などで紹介しているほか、靴や家具、アクセサリーなどの建築以外のデザイン作品も集めた。

◆議論を

 キュレーターの野村しのぶさんは「初期のペインティングを見ると、質の高さに驚く。線一本を引くセンス、空間の中で色や形を構成する能力が感じられ、十分にアートとして美術館に展示できる」と指摘。「新国立競技場の問題に比べ、実際にどんな建築家なのかこれまではあまりにも情報が少なかった。個展を通じて、一般の方の間でも『これでよかったのか』『私はこう思う』と新国立や都市と建築の問題についての議論が生まれたら」と話している。

 十二月二十三日まで。月曜休み。

 

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