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ネットと言葉(1)脱スマホ「夜の読書館」 詩人・菅原敏さん

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 ウィンドウズ95が登場し、「インターネット元年」と言われた一九九五年から二十年余。ネットの世界には今、言葉があふれている。それは時に誰かを傷つけたり、物事を単純化しすぎたり、自分の正義を声高に叫んだりするものになりがちだ。押し寄せる言葉の海の中で、私たちは自分の言葉を見失ってはいないだろうか。ネットの言葉と、どうつきあっていけばいいのだろうか。表現者や研究者を訪ねた。

 夕暮れ時の六本木「東京ミッドタウン」。タワー七階に、街のにぎやかさとは対照的に、しんと静まり返った空間がある。人がいないわけではない。声を全く出さないイベント「夜の読書館」が開かれているのだ。

 エレベーターホールの脇、温かな色の照明がもれる部屋に足を踏み入れると、黒い服を着た背の高い男性がこちらに歩いてくる。「館長」を務める詩人の菅原敏さんだ。無言のまま目配せし、案内が書かれたオレンジ色の紙を手渡す。

 <ごあいさつ 当館は、読書のためだけに過ごす場所です><スマートフォンの電源を落とし、心静かに本の世界に潜り込んでみませんか>

 部屋の奥で、チェロ奏者がゆったりした曲を演奏しはじめる。

◆ノイズのない場所

 このイベントは、菅原さんが「ノイズのない、詩情がある場所」をつくろうと企画した。スルガ銀行が運営しているコミュニケーションスペース「d−labo(ディーラボ)」で、昨年十月から毎月一回開いている。誰とも会話せず、スマートフォン(スマホ)や電子機器の電源を切ることがルール。約四時間、コーヒーなどを飲みながら自由に読書を楽しむことができる。「今は、みんなスマホに魂を奪われているでしょう。時にはそれを身体に戻す必要があると思いまして」。書棚に多彩なジャンルの約二千冊が並ぶほか、自分で持ってきた本を読むのでもいい。この日も二十人ほどが、椅子やソファに腰掛けてじっと本に目を落としていた。

 企画のきっかけは、菅原さんが「じっくり言葉の世界に浸れる場所がほしい」と考えたことだった。スマホ禁止のルールも自然に浮かんできた。「ツイッターやフェイスブックなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の画面には、いろんな人の言葉が次々と流れてくる。けれどそれは情報であって、本の中の言葉とは密度が違うと思うんです。親しい友人のつぶやきなど、内輪の言葉は予測可能なものが多いですよね。気軽に読めるし、つながっているという安心感があるのだと思います。一方で、本の中には、心を見知らぬ場所に飛ばしてくれるような新しい言葉との出会いがある」

 自身もSNSを活用しており「否定するつもりは全くない」という。イベント参加者も、多くはSNSでの告知を見て集まってきた人たちだ。「ただ、少し便利すぎるというのかな。気が付くとスマホを見つめている時間がどんどん長くなっていませんか。親指で画面を触っていると落ち着くというか、習慣として指を動かしてしまう」

「夜の読書館」でネット環境から離れて静かに読書をする利用者。チェロの生演奏(奥左)も聴くことができる=東京都港区で

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◆自分の中の声聞く

 菅原さんは詩を作る時も、スマホを切り、ノートとペンだけを持って近くの公園を散歩することが多いという。ぼんやり歩きながら、イメージを膨らませる。「インターネットから離れることで、生まれてくる言葉があるような気がするんです。詩はゼロからイチを生み出す作業。それには外部からのノイズを一度シャットアウトし、自分の中から静かに生まれる言葉たちに耳を傾ける必要がある。外の声を聞くことと、自分の中の声を聞くことのバランスの中で、新しい言葉が出てくる。詩を書くうえで大切な時間だと思っています」

 午後十時ちょっと前。チェロの演奏が止まると閉館の合図だ。それぞれがそっと荷物を整え、立ち去っていく。初めて参加したという東京都内のライター岡島梓さん(31)を館外でつかまえた。普段はスマホのほか、自宅のパソコンでもフェイスブックのページを立ち上げたままにして、誰かと頻繁にやりとりをしているという。「これだけスマホを見なかったことは、最近ないかも。思った以上に集中できて、持ってきた本を一冊読み終えました」と満足そうな表情を見せた。(中村陽子)

◆社会活動に支障も

 <ネット依存> スマートフォンやタブレット型端末の普及で、オンラインゲームやSNSなどがいつでも利用できるようになった一方で、インターネットに常時つながっていないと不安になる「ネット依存」状態になる人も増えている。

 精神科医の岩波明さん(昭和大学烏山病院長)によると、医学的にはまだ研究途上だが、今後はギャンブル依存などと同様に位置付けられる可能性があるという。社会活動に支障をきたす場合は、すでに治療対象になっており、神奈川県の国立病院機構「久里浜医療センター」は、専門外来を設けている。

 あえてインターネットの通じない環境で過ごす「脱デジタル」志向のイベントも注目されており、スマートフォンをフロントで預かる宿泊プランを実施している旅館もある。

 <すがわら・びん> 詩人。2011年、米の出版社PRE/POST刊行の詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』が逆輸入されデビュー。野外フェスでの朗読などで「詩のある場所」を広げる活動をしている。『新訳 世界恋愛詩集』をネットサイトで連載中。「夜の読書館」は第1水曜日に開催。入場無料で、午後6時から同9時45分まで出入り自由。申し込み不要。

 

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