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ネットと言葉(3)えたい知れぬ「空気」立証 社会心理学者・高史明さん

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 ネットの世界では偏見に基づく言葉が大量に発信され、瞬く間に広がって人々の考え方や行動に影響を及ぼす。そう感じている人は多いだろう。

 それを単なる感覚ではなく、数字で実証したのが、高史明さん(35)が昨秋出版した著書『レイシズムを解剖する 在日コリアンへの偏見とインターネット』(勁草書房)だ。在日コリアンへの偏見は、ネット上にどう現れているのか。膨大なツイッターを分析した労作で、学術書にもかかわらず、一般の人に読者を広げている。

 在日コリアンへの偏見を研究するようになった源流は、小学生時代にさかのぼる。親の転勤で関西の地方都市に引っ越し、言葉をからかわれ、同級生や教師にいじめられた。高さんは日本人だが、在日コリアンにもある名前で、それも口実にされた。「よそ者というだけで、こんなにも冷たい仕打ちができるものなのか」とがくぜんとした。

◆広がる差別表現

 大学院生だった二〇〇二年ごろから、不穏な空気が漂い始めるのを感じた。サッカーワールドカップが日韓共催で開かれ、北朝鮮の日本人拉致関与が明らかになった年。ネットでは差別的な表現が急増した。子ども時代のいじめを思い出した。「教授や院生にも、在日特権のデマを信じる人がいた。これはまずいと思ったんです」

 〇八年から研究を始めた。統計をとると、数々の事実が明らかになった。たとえば「社会支配指向」が強い人は、ネットの使用時間が長かった。この指向は、簡単にいえば弱肉強食主義。「下層の人間は搾取されても仕方ない」という考え方だ。

 さらに匿名掲示板である「2ちゃんねる」の、個別の書き込みをテーマごとにまとめて投稿した「まとめブログ」をよく見る人は、「現代的レイシズム」と呼ばれる差別主義的な特徴が強いという傾向も分かった。

 「まとめブログ」は単なるニュースの羅列ではなく、個人のコメントが付いている。「その感情的な感想が、読者に面白いと思わせる。新聞などと違い、ネット情報に期待されるのは正確さより面白さ。言論のマーケットでは、正しい情報が生き残るとは限らない。不快感や怒りをはじめ、感情を呼び起こすものの方が広まっていく」という。

 「面白い」と思われた情報はどんどん拡散し、マスメディアの情報よりもネットでは大量に出回るようになる。すると「事実と違っても、真実だと信じられていく。一人の論理的な意見より、大勢の不確かな情報が信用される」

 そして「みんなが言っている」という感覚が、これまで「表だって言えなかったこと」を現実社会でも言える雰囲気をつくった。たとえば「沖縄の地元紙をつぶせ」というネット上の匿名の書き込みと同じことを、公的な場で発言する作家が現れた。

◆法的規制が必要

 高さんは「ヘイトスピーチは、ネットの中だけではなく、日常生活や公的な場面にまで進出してきた。規範を崩壊させているのは確か。何らかの規制は必要だと思う」と話す。

 極端に差別的な投稿を載せないようにするのも一つの手だが、掲示板やブログなどの管理運営者の「自主努力」だけで解決することを期待するのは難しい。「差別は悪いことだと明示する法律が必要だと思うようになりました」。その人種差別撤廃法案は現在、国会で継続審議中だ。

 「本を読んだ人から『自分たちを取り巻くえたいの知れない空気の実体が少しでも分かってよかった』という声が寄せられてほっとしました」。研究の結果、ネットと偏見の相関関係は分かってきた。ネットを利用するほど偏見が強まるのか、それとも偏見が強い人がネットをよく利用するのか。今後は、そうした具体的なメカニズムにも踏み込んで探っていきたいと思っている。(出田阿生)

 <レイシズム> 人種・民族の間に優劣の差があるという思想。米国の黒人差別研究で使われた分類では「この人種は能力や性質が劣っている」というような「古典的レイシズム」と、「差別は解消され、努力不足による『区別』があるだけなのに、被害を主張して不当に特権を得ている」と考える「現代的レイシズム」に分かれる。高さんはこれを日本にあてはめて考察した。「在日は生活保護を優先的に受けられる」「税金は免除」といった「在日特権」のデマは「現代的レイシズム」の一例。

 <たか・ふみあき> 1980年生まれ。東京大大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(心理学)。神奈川大非常勤講師。

 

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