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【土曜訪問】

古代世界を語り物で 古事記ブームを牽引する 三浦佑之さん(立正大教授)

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 千三百年前に書かれた日本最古の歴史物語である古事記は、歴史の中でさまざまな取り扱いがなされてきた。国学の文脈で古事記を再発見した本居宣長、実在論的な歴史解釈をした戦前の皇国史観、その反動のように戦後は新しい人文諸科学の方法を取り入れた読解が登場した。時代の波のなかで忘れられ、よみがえり、多様な解釈が施された古事記というテキスト。三浦佑之(すけゆき)さん(66)は『口語訳古事記』(文春文庫)で、その神話物語の世界を平成の世にブレークさせた古代文学者だ。

 「僕が古事記を読み始めたのは一九六○年代末で、ちょうど西郷信綱さんの『古事記の世界』や吉本隆明さんの『共同幻想論』など、人類学の成果や反国家の思想を含んだ古事記読解が出そろったころ。それらに刺激を受けたためか、文献に潜行して古事記を読むのではなく、比較神話学や説話研究などを応用しながら文献の外に出て読んだ。神話とは物語の要素だけではなく当時は法や歴史でもあり、その意味で古事記はさまざまな領域からアプローチできる実に多義的で面白いテキストです。でも一方で、読み方次第では今でも国の歴史観に利用される危険を含みます」

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 そのために『古事記講義』『古事記を旅する』(共に文春文庫)などで、律令(りつりょう)国家の歴史を組み立てる目的で書かれた日本書紀と一緒にした<記紀>という呼び方に異を唱えたり、大和朝廷のネットワークに統合されない文化圏や伝承の存在を知らしめてきた。古事記を相対的にとらえる視点と必要をうったえる。

 では、三浦さんの古事記学の骨子は何か。まず漢文(変体文字)で書かれた古事記を書き言葉ではなく語り物の世界としてとらえる。『口語訳古事記』の語り部は共同体の周縁に生きる老翁だ。都の辻(つじ)や村々をまわり物語を伝える乞食人(ホカイビト)のような集団もおり、語りには振り付けもあったことを、古事記のリズミカルな表現から類推する。

 「平家物語の琵琶法師のように、物語は滅んだ者たちを鎮魂するためにも語られた。古事記には国土創成や国譲りの神話の枠組みで、スサノオやヤマトタケルやマヨワ王など、王権から疎外されて悲劇に終わる逸話が異様に多い。悲恋と戦い、大胆な性や汚穢(おわい)の描写、シンデレラストーリーや復讐譚(ふくしゅうたん)、誰が聞いても面白いゴシップや荒唐無稽(むけい)な物語世界が古事記には展開する。聞き手も貴族や後宮の女性たちだけでなく、民衆にもよく浸透していたと思う」

 さらに古事記には日本書紀では大きく削られてしまった出雲を舞台とした神話の比重が大きい。大和朝廷の勢力圏だけではなく四、五世紀の日本列島には出雲という大きな勢力があったことが考古学の成果で分かっているという。

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 「大和王権以前には、出雲以外にも高志(こし)(越・北陸)や諏訪や筑紫などに、翡翠(ひすい)などの交易を介して日本海をまたぐ文化圏があった。朝鮮半島からの渡来人の伝承も列島各地にあり、沖縄につながる海上の道、雲南やシベリアなど大陸との行き来があったことも、考古学や神話学が証明している。古事記を読むことで、集権的な国家以前の世界認識をたどれるし、そういう世界に対して先入観を持たないものの見方を鍛えることもできる」

 近著『古代研究』(青土社)はさらにそれを拡張し、東北のオシラサマや馬頭観音の民俗につながる伝承やアイヌの水神や鳥の伝承の起源を探り、埴輪(はにわ)や落人伝説のいわくを解き明かす。

 「折口信夫の『古代研究』はマレビト論など、彼の古代イメージを起源へと集約した体系的な本ですが、僕は古代を多様な世界像に拡散させて、いくつもの列島イメージを提示したい。だから古事記だけでなく、昔話や口承文化の研究、3・11後の社会に物語の記憶を伝えるような、柳田国男の調べた妖怪譚や災害民俗伝承にも関心があります」

 いや、そのような関心は古事記学者として活躍する以前から三浦さんは持ち続けていた。古事記を悲劇や物語の原型としてとらえる視点は、各地の村落に伝わる昔話や物語の研究のなかで、生や死とは何か、家族とは何か、社会とは何かという人間学として展開されてきた。三浦さんの古代学や古事記学が物語文学としてのふくらみを持ち、古事記ブームを牽引(けんいん)した理由も、娘さん(小説家の三浦しをんさん)にどこかで引き継がれたことも、そんな取り組みにあるのではないだろうか。(大日方公男)

 

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