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【土曜訪問】

視覚から解放される 「さわる文化」を探求する 広瀬 浩二郎さん(国立民族学博物館准教授)

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 『星の王子さま』の有名な一節。大切なことは目に見えない−。国立民族学博物館(大阪府吹田市)准教授の広瀬浩二郎さん(46)は、この言葉の重みを、誰よりも知っている人かもしれない。十三歳で失明した。以来、視覚に頼らず、「さわる」ことで「みえて」くる豊かな世界を探求するユニークな存在だから。最新刊『世界をさわる』では、その成果を「触文化論」と名付けて紹介している。

 案内してくれたのは、二年前にオープンさせた同博物館の一角だ。トキやホッキョクグマの彫刻、カメルーンの人形などここにある十七点は、すべて触ることができる。触る展示を常設化する、国内初の試みだった。中には、表面がうっすら汚れている展示も。素材や質感、形の違い。いかに大勢の人たちが、積極的に手を伸ばしたかをうかがわせる。

 博物館が冬の時代といわれて久しい。「インターネットで、どんな画像も見られる今、わざわざ足を運ぶ人は減っています」。しかし「展示にさわることができれば、それは大きなセールスポイント。博物館が変わるきっかけになる」ときっぱり。「目が見える、見えないに関係なく、すべての人に『さわっておどろく』体験をしてほしい」

 東京都生まれ。初めての「さわる」経験は、筑波大付属盲学校の中学時代。点字だ。ボツボツとした手触りに「読めるわけがない」と気が遠くなった。さらに驚いたのが配られた教科書の量。「点字で打ってある分、かさが増えて机の上に山ができた」。なのに、美術の教科書は目が見える人と同じもの。そのとき分かった。「美術作品は目で見るしかないからか」と。

 視覚障害者として初めて京都大へ入学し、日本史を専攻。九州の琵琶法師、東北のイタコらについて研究し、同大学院で博士号を取得した。「より多くの情報を、より速く」と社会が視覚偏重になったのは、近代以降という。「近代化、文明化は『見えないものを見えるようにすること』と定義できる」。そうした中、文字を使わず、音、声による伝承で、聞く人の想像力を刺激した盲目の彼らの役割は忘れ去られていった。

 五感のうち、視覚だけが重視されれば、触覚、聴覚といったほかの感覚は鈍ってしまう。自身も点字に慣れるまでには、数カ月間かかった。が、ある日突然、目覚めた。「点字は六つの点の組み合わせだけで、多様な言語、数字、音符までを表現できる。言葉や文字で伝えられないことを示す、まさにアートです」と力を込める。

 三十三歳で就職した博物館という職場は「目で見る場所」の最たるところだ。中学時代の薄い美術の教科書が頭をよぎった。「博物館で目が不自由な人が働くのはまれ。わがままな言い方をするなら、自分が楽しめる場所にしたくなったんです」と振り返る。満を持して二〇〇九年に企画したのが、点字の考案者ルイ・ブライユの生誕二百年を記念した展覧会だ。「点字の役割を知らせるだけでなく、『さわる文化』の意義も考えてもらいたかった」。それ以降も、シンポジウムやワークショップの開催、講演などに飛び回っている。

 視覚を使うことから解き放たれ、手と頭を総動員してゆっくり、優しく、対象を触ることによって深まる理解、触らなければ分からない事実は、世の中に多くある。効率最優先の時代の価値観とは、正反対だ。そして、それは視覚障害者の前だけに開けた地平ではない。「障害者文化論」としていた自らの研究分野を、最新刊で「触文化論」と位置付けたのはそのためだ。「『さわる』ことの可能性に、区別はないんです」。その中では、科学やコミュニケーション、アートの専門家が、それぞれの立場から触文化にアプローチしている。

 誰もが楽しめるユニバーサルミュージアムの実現を目指す国際的な議論の高まりにも後押しされ、順調に来られたことを喜ぶ。応援してくれる先輩、仲間がいるのも心強い。常に心にあるのは「僕じゃなければできないことをやろう、という思いです」。全身の感覚をフルに使って歩む先には、無限の世界が広がっている。 (宮川まどか)

 

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