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【土曜訪問】

謎解きの心が源泉に インド社会を描いた長編を刊行 篠田 節子さん(作家)

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 今年のノーベル平和賞を受賞したのは、パキスタン出身のマララ・ユスフザイさんと、インドの人権活動家カイラシュ・サトヤルティさんだった。女性差別や児童労働に抗(あらが)う二人の活動から、南アジアの現状に関心を抱いた人も多いだろう。来年、作家生活二十五年を迎える篠田節子さん(59)は、以前からこの地域に関心を寄せ、たびたび小説の題材にしてきた。「異文化に興味があるんです。異なる発想を超えて響き合うものがどこにあるのか知りたくて」と話す。

 新作『インドクリスタル』(角川書店、二十二日発売)では、日本のビジネスマンの目を通し、経済成長の渦中にあるインド社会の実像に迫る。主人公は、メーカー社長の男。精密機器部品への加工用の水晶を買い付けるためインドを訪れ、並外れた頭脳を持つ先住民の少女と出会う。大量のゴキブリがわくホテルなど、細部までリアリティーを感じさせる描写で「騙(だま)されたら負け」の現地流ビジネスや、宗教が複雑に絡んだ人間観を伝える。

 「最初は神秘と現代の文明が激突するファンタジーを書いてみようと思ったんです」。だが取材をして、書き始めると早々に行き詰まった。「滞在経験のあるビジネスマンは、みんな『いやぁ、ひどい目に遭ったよ』と言う。厳しいところだとね。取材すればするほど、現実的な問題が見えてきて。とてもじゃないけど、神秘の国に押し込めるわけにいかないと思った」

 大資本による搾取、経済成長に伴う環境破壊…。広い視野からの問題意識が全編ににじむ。女性差別については、固有の文化と人権の両面から問い掛ける。「本人たちは差別とも思っていない。そこが難しいところですが、何かしなければいけないのは確かです。現代的な人権意識を文化的多様性の名のもとに排除していいわけはない」

 とりわけ苦労したのは、物語の鍵を握る先住民の少女ロサの人物造形だったという。謎めいた魅力を備え、周囲の人の生き方を変えていく存在だ。「難しかったですねぇ。単なる不思議ちゃんにしてもマズイし、安っぽいところで読者の共感を誘ってもいけない。低ーいレベルで感情移入できる書き方というのがあるんですけれどね。かわいそう、切なーいというのをやっちゃうと、長い作品はもたない」。安易な共感を避けることで、ずっしりと心に響く小説世界を構築する。

 東京都八王子市の職員をへて作家になった。働く女性たちの葛藤を描いて直木賞を受けた『女たちのジハード』、金もうけ目当ての新興宗教を題材にした『仮想儀礼』など、社会のありようを鋭く見つめた作品が目立つ。一方で、科学的な知見を生かしたSFやファンタジーも数多く発表している。幅の広さの理由を尋ねると「センス・オブ・ワンダーに尽きますね」と笑った。「理科好きな小学生がそのまま大人になったみたいなもの。謎や不思議が好きなんです。犯人はだれだろうという人為的なものより、この不思議な現象はなぜ起きているのかが面白い」

 自身の周囲半径数メートルの日常を超えた世界に、好奇心を向ける。二〇〇二年に出した『静かな黄昏(たそがれ)の国』では「核のゴミ」に汚染された未来の日本を描いた。3・11後を見通したかのような内容が話題となり、一昨年に文庫新装版が出た。「取材しているとね、その先にあるものが見えちゃうんですよ。小説だったら、それが書けるでしょう」

 五年前、本紙で生物学者の長谷川真理子さんと、進化論についての対談をお願いしたことがある。ちょっと専門的な理系の話も、篠田さんが着目して突っ込むことで、不思議なほど面白く見えてくる。「慌てて基礎的なことを勉強して臨んだんです。でもそういうところから別の興味、自分にとっての謎がふっと湧いてくる。じゃあそちらで書こうと決めれば、その先のストーリーは勝手に立ち上がっちゃう。そんなことを繰り返しているうちに、二十五年書いていました」

 背筋がぴんと伸び、手は膝の上。美しい姿勢をほとんど崩すことなく話を続けた。 (中村陽子)

 

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