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【土曜訪問】

現場の高揚感楽しい サッカー協会副会長も兼ねる 馬渕 明子さん(国立西洋美術館長)

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 一九五九年にオープンした東京・上野の国立西洋美術館。館長室の壁に飾られていたのは、サッカー日本代表チームのユニホームだ。歴史ある美の殿堂には意外な気もするが、「本物ですよ」と馬渕(まぶち)明子さん(67)は小気味よい。本田圭佑選手が、ブラジルW杯予選で身に着けたものという。

 西洋美術が専門の美術史家。日本女子大教授から、同館館長に就いて一年半余が過ぎた。国立美術館五館を運営管理する独立行政法人の理事長も兼ねる。女性研究者の館長は初めて。実は「女性初」の肩書はもう一つ。「欧州に出張したらできるだけプロリーグを見る」ほどのサッカー好きを買われ、昨年、日本サッカー協会副会長になった。

 西洋美術館には三十代半ばから、六年間にわたって勤務した。当時の学芸課は、男性九人に女性は一人だけ。今は、サッカーになぞらえて「イレブン」と呼ぶ十一人の半数を占める。「でも、女性のトップは地方レベルでも少なくて」。その証拠に、館長就任を予想以上に喜んだのは同性の学芸員や研究者だ。「まだこの段階かと。これはちゃんとやらないとと思った」

 美術史の世界でも、女性作家について語られ始めたのは、やっと七〇年代になってからという。「存在が意識されてこなかった」と例に挙げたのは、自らが率いる西洋美術館のコレクションだ。「ロダン、ブールデル、マイヨールの作品はあるのに、同時代を生きた女性のクローデルはない。印象派もモリゾ、カサットがない。あまりにアンバランス」と言い切る。

 「自然の情景を描いたモネに対し、モリゾは家の中の母子像とか…。早朝や夜に、女性が一人でキャンバスとイーゼルを抱えて外に出られる時代ではなかったからです」。「その時々の女性作家が置かれた状況が読み取れる」と、今後は少しずつ、彼女たちの作品を購入したい考えだ。女性の視点を生かした美術館運営の一端が垣間見える。

 神奈川県出身。浮世絵などの日本美術と近代の西洋美術のかかわり、十九世紀後半から二十世紀にかけて欧州で花開いたジャポニスム(日本趣味)を研究の中心に据える。「異なる文化が融合して、新しいものが生まれるダイナミズムに興味があります」。ただ「あの印象派に影響を与えたから日本文化はすごい、などと舞い上がるメンタリティーは嫌」と手厳しい。

 「西洋の作家は日本の美術の使えるところだけを取り出して利用した。あくまでも自己変革、近代化のための補助的な役割であり、ベースは自分たちの文化」と話す。一方、日本はどうか。「明治時代に入ると、一斉に西洋を見て、浮世絵から仏像まであらゆるものを大量に安く国外に売り飛ばした。それを、向こうで評価されたからといって見直すのは違うと思う」とばっさり。「文化とは、ものの考え方、ライフスタイルに深く浸透しているもの。日本は、文化に深い信頼を置いてないんじゃないですか」

 今年一月七日のパリのテロ発生直後、グラン・パレで開催中の北斎展を訪れた時のことだ。施設の外は入場を待つ人たちの長蛇の列。「誰かが武器を持って街を走り回っているかもしれないのに、一人としてそこを離れない。それだけ展覧会が見たいんです。感動しました」。暮らしの中に、文化、芸術が根付いている表れだろう。

 サッカーファン歴は二十年以上。好きだった中田英寿選手の引退後は「二十歳そこそこから自分の基準をしっかり持って世間の目を気にしないのがいい」と本田選手に注目する。将来のゴールを見据えて物事をどう組み立てるか、日本人らしさを保ちつつ海外でどうアピールするかなど、彼に学ぶ点は多いという。とにかく、サッカーの話になると止まらない。「これからはもっと女子サッカーを応援したい」とも。

 館長の仕事と並行し、自身が企画した二年後の展覧会の準備に走り回る。「生の現場が好きなんです。高揚感があって楽しい」と笑う。「男性と肩を並べて」といった気負いはみじんもない。「女性が輝く時代って、健全な時代ですよね」とサラリ。力の抜け具合が心地よい。 (宮川まどか)

 

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