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【土曜訪問】

生活史から社会見る エッセー集に熱い支持 岸政彦さん(社会学者)

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 「この本は書店さんも置き場所に困ったみたいで、棚は『文芸』や『ノンフィクション』『社会学』などばらばらです。人によって『面白い』と言ってくれるところが全然違う。『こういうふうに読んでくれたんだ』とそのつど教えられる。幸せな本だと思います」

 社会学者で龍谷大准教授岸政彦(きしまさひこ)さん(48)の三冊目の著書となるエッセー集『断片的なものの社会学』(朝日出版社)が、昨年六月の刊行以来、支持を広げている。先月発表された「紀伊国屋じんぶん大賞」(紀伊国屋書店主催)では大賞に輝いた。「平易に精妙に静謐(せいひつ)に、何より魅惑的に綴(つづ)られたエッセーであり、社会学入門ともなりうる希有(けう)な一冊」と高く評価された。

 ライフヒストリー(生活史)の聞き取りという手法で、沖縄や被差別部落問題などを調査研究してきた岸さんが、現場や日常生活で体験したエピソードをもとに、思索をつづった本だ。他者とつながるにはどうすればいいのか。「普通」とは何か。答えを出さずに<ほんとうにどうしていいかわからない>と思い惑う。それが読む者の心に響く。

 大阪市の十三(じゅうそう)駅近くにある、岸さん行きつけの中華料理店で話を聞いた。「この店、大好きなんですよ。気取らないし、安くてうまい」。料理が来るたびにカメラに収める。「これ、癖なんです。散歩してもスナップ写真をスマホで大量に撮る。十万枚ぐらいあります。ぱっと見た風景や音、匂いを残したい感覚が子供の時からある」

 小学生のころ、読者投稿を集めた雑誌『ポンプ』に夢中だった。「雑誌を机の上に広げ、無名の人がたくさん載っているのをうっとりして見ていました」。ネットで無名の人の日記やつぶやきを何時間でも読むという今も当時も、「実在すること」にひかれる感覚に、変わりはないという。

 大学で社会学を学んだが、大学院入試に落ちた。行き場をなくして日雇い労働の仕事を四年間やった。バーテンダーや塾教師も。博士課程に入ったのは二十九歳の時。大学に職を得たのは三十八歳だった。紆余(うよ)曲折が、岸さんの文章に深みを増している。

 日雇い労働時代、観光旅行で訪れた沖縄にはまった。「もともとアジア的なものが好きだった。こんな素晴らしいところがあるのかと思った。沖縄病です」。大学院に入り、沖縄をテーマに選んだ。家財道具を売ってお金を作り、何十回も通った。「でも、基地や貧困を押し付けたまま、観光客目線で沖縄のいいところだけ見ている自分に気付きました」

 博士論文を十年かけて書き直し、二〇一三年に初めての著書としてまとめたのが『同化と他者化−戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)だ。

 「沖縄の青年が一人で東京や大阪に来てどんな生活を送ったのかというストーリーにひかれました。人々の語りを記録するのが自分のやりたいことなんだと十年かかって分かりました」

 一方で、一冊目の本では理論的な分析にも力を入れた。「解釈しない方法とする方法と、両方を使い、現実を記述する可能性を豊かにしたい」と話す。「私が表現してきたものに共通しているのは、大きな構造の中で個人がつらい目に遭い、居場所のない思いをしているということです」

 今後は、沖縄戦の体験者の聞き取りをライフワークにするつもりだ。「話を聞けるのは今が最後です。私たちはマスコミと違って聞き書きをすぐに商品化しなくていい。腰を据えてアーカイブをつくることができる。それでご恩を返せるわけではないが、僕にできるのはそれぐらいです」

 「社会学」という学問の「再定義」をしたいという。「『断片的な〜』を読んだ人から『社会学は嫌いでしたが印象が変わりました』という反応が結構ありました。これまでは膨大な知識とデータによって『社会とはこうだ』と相手を論破するような社会学ばかり一般の人に届いていた。名もない普通の人たちの声を聞き取って記録して、そこからこの社会や歴史的なことを考えましょう、という地道な、しかし面白い社会学があることを知ってほしいですね」 (石井敬)

 

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