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【土曜訪問】

性が伝える江戸文化 「へんてこな春画」を出版 石上阿希さん(国際日本文化研究センター特任助教)

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 満開のミモザの花の下、カメラを向けるとはにかんだ。「いつも笑いすぎちゃって」と顔をほころばせる。女学生のよう、という古めかしい言葉が浮かんだ。

 ここは京都市にある、国際日本文化研究センター。石上阿希(いしがみあき)さん(36)は、日本で初めて春画の研究で博士号を取得した、気鋭の若手研究者だ。博士論文を基に昨年、『日本の春画・艶本(えほん)研究』(平凡社)を出版。二年前に大英博物館で開催された大規模な春画展にも専門員として携わった。現在はセンターの特任助教を務める。

 最近、「若い女性がなぜ春画を」と、好奇の目で見られなくなった。「昨秋の展覧会が転機となって、春画がポジティブなイメージに変わった気がします」と語る。東京で開かれた日本初の本格的な春画展のことだ。二十万人以上の老若男女が鑑賞し、社会的に大きな反響を呼んだ。

 日本開催は、大英博物館に二年近く後れを取った。男女の性の営みを描く春画は、一般社会でわいせつ物として厳しく取り締まられ、学問の世界では見下されてきたからだ。「明治維新で西洋の価値観を過剰に意識した日本人は、春画を前近代的な『恥ずべきもの』にしてしまったんです」

 でも実は春画は「文化の宝箱」。大名から庶民まで、出版文化として、男女を問わず親しまれてきた。「なんだか楽しくなる、平和な世界。教養や知識を駆使した『お笑い』なんですよ」。その面白さを本にした『へんてこな春画』(青幻舎)を先月、出版した。

 絵画に小説、演劇など、多彩な「元本」をパロディーにした作品を集めた。

 たとえば蘭学の世界全図とそっくりの絵。地球を東西二つの半球に分けて描いた地図かと思えば、片方には女性器、もうひとつには男性器が描かれている。その心は、「世界は男と女でできている」、もしくは「男女和合が世界の根本」。

 日本三大あだ討ちの「曽我物語」も、武者が猪(いのしし)を仕留める勇壮な絵のはずが、武者が猪にのしかかっている図になってしまう。猪は「あゝいたゐのしゝ(ああ痛イノシシ)」などとシャレを言っている。バカバカしすぎて脱力する。

 春画といえば多くの人が思い浮かべる海女と蛸(たこ)がからむ絵も、元は有名な謡曲だという。分かる人には分かる。この楽しさ、たまらなかったのだろう。

 研究に飛び込んだきっかけは、歌川国貞の艶本の図「開談夜之殿(かいだんよるのとの)」。立命館大三年のとき、図書館で手に取った本に載っていた。

石上阿希さんが出版した新刊「へんてこな春画」。表紙と一体化した帯は「アダルト本と認定されないための涙ぐましい工夫」だという

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 心中で生き残った男が、女の水死体に手を合わせている。その絵をめくると…。死んだ女が男の一物を食いちぎってくわえ、夜空に昇っていく。女の目は飛び出し、口は血まみれ。阿部定もびっくりの怪奇絵だ。

 「いったい、こんな絵で男が興奮するものか?」。男のためのポルノという思い込みがひっくり返った。

 子どものころから水木しげるさんの描く妖怪が大好き。軽い気持ちで卒論に春画研究を選んだ。情報の乏しい分野だったが、運良く、在野の研究で第一人者の林美一(よしかず)さんや、京都の米国人浮世絵研究家の貴重なコレクションを整理する作業に加わることができた。

 絵画や写真などの性器の表現が「わいせつか芸術か」の二元論になるのは、ナンセンスだと考える。必要なのは見たくない人の見ない権利と、見たい人の見る権利を保障すること。

 江戸時代、性的なシンボルは乳房よりも毛髪や性器だったため、春画はそちらを克明に描いた。「いやらしさの感覚は時代で違う。現代の価値観をいちど脇に置いて、真っさらな目で眺めてみてください」

 春画は、江戸の人々の日常に根差した豊穣(ほうじょう)な文化の表れだ。だから江戸の社会が見えてくる。「調べるほど、多彩なテーマが見つかる。違った切り口で、たくさんの人に研究してもらえたら」 (出田阿生)

 

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