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【土曜訪問】

草の根から歴史解く 冷戦末の青春描いた小説で大藪春彦賞 須賀しのぶさん(作家)

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 須賀しのぶさん(43)の作品を初めて読んだのは中学生の時。漫画風の挿絵が入った少女小説ながら、壮大な歴史観が「世界は広い」と教えてくれるようだった。一般文芸に活躍の場を広げた須賀さんはこの三月、冷戦末の旧東ドイツを舞台に音楽大学の青春を描く小説『革命前夜』(文芸春秋)で大藪春彦賞を受賞。今こそ創作の背景を聞いてみたいと思った。

 待ち合わせたのは東京・上野公園。東京文化会館によくクラシックの演奏会を聴きに来るという。

 今回の受賞作で、初めて音楽を長編小説の題材にした。一九八九年の東ドイツに留学した日本人ピアニストの青年シュウジが、多様な価値観を持つ各国の学生と音楽を通してぶつかり、成長してゆく。大学でドイツ近代史を専攻し、高校時代は「学校を休んでベルリンの壁崩壊のテレビ中継に見入った」須賀さんが、書きたいと思い続けた時代だ。

 音楽と主人公シュウジの自分探しが物語の軸。政治家や大事件といった表舞台が直接描かれるわけではない。「歴史小説というと有名人を中心に据えた物語が多いと思うのですが、そうではない視点を持ちたい」。読者の共感に重きを置く少女小説で培われた“何でもない主人公”を通して歴史の動きを伝える手法が生きている。「何が起きているか分からないまま、草の根の人々の生活が少しずつ変わってゆく。それを読者が同じ目線で追えるようにしたかった」

 「歴史と人間」を書くようになった原点はどこにあるのか。「小学校高学年の時、吉川英治の『三国志』を読んだのがきっかけ。最初は漢字も難しかったんですけど」。引きつけられたのは人物が交錯する歴史の多様性だ。「英雄にも善と悪だけに分けられないさまざまな面があり、そんな人と人がぶつかって歴史ができていると感じました」

 三国志に登場する諸葛孔明とその妻の物語を皮切りに、ノートに歴史小説の設定資料のようなものを書き始めた。「この人物の説明は教科書では一行しかないけど、どんな人生だったか…と想像する。こういう国でこういう一族で、と架空の設定も書きました」。すでにデビュー後の作品の原案も練っていた。

 中学で読んだトーマス・マンからドイツ史にのめり込み、上智大文学部史学科へ進学。自称する「歴史おたく」ぶりは今も変わらず「新しい時代や国の資料を読むのが何より楽しい。そのために作家をやっているかも」と笑う。在学中の九五年に集英社コバルト文庫でデビュー。古代中国から神聖ローマ帝国、ナチスドイツまで幅広い歴史の知識を活(い)かし、ヒロインが思想や文化の異なる架空の国々を流転しながら生き抜く代表作「流血女神伝」シリーズ(一九九九〜二〇〇七年)など、スケールの大きな物語を紡いできた。

 大切にしていたのは、若い読者にものごとの見方の多様性を伝えること。「思春期には片方が正しくてもう一方が悪いと思い込んで突っ走り、しんどくなることがある」。「流血女神伝」では実際の世界史に想を得た、さまざまな信仰や来歴を持つ国と人物が交錯する。「主人公の冒険を通して世の中にたくさんの価値観があると気付いてもらえれば、少しは気が楽になるんじゃないかなと思って」

 異なる時代と場所を舞台にする中で、「極限状態で最後に残されるもの」も一貫して意識し続けるテーマだ。『革命前夜』の若者たちも少女小説のヒロインも、激動の時代の中、過酷な環境にもまれて価値観や主義主張さえ覆されながら、自分にとってかけがえのない人や音楽を模索する。「人の物語を書くと自然にそうなる。つらい状況に置かれても、自分はこれがあればいいという存在を最後につかめれば、幸せなんじゃないでしょうか」

 デビューから二十年余。『革命前夜』を書き終えた時、初めて「自分と小説がきれいにつながった感覚」を得たという。現在は第二次世界大戦下の女スパイの物語を構想中。「久しぶりに原点の少女小説のように、強い女性の冒険を書こうかと。腕の見せどころです」。ヒロインたちに負けない、力強い笑顔だった。 (川原田喜子)

 

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