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【土曜訪問】

最悪の進路に備えて 自選作品集刊行 文学のあり方問う 星野智幸さん(作家)

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 「日本の文学は、政治的社会的なことよりも個人的なことを重視する傾向が強いですよね。個人の内面の自由を守ることは大事ですが、その中に閉じこもってしまうと、暴力や差別があっても『自分に関係なければいいや』ということになってしまう。文学は外に出ないとまずいのではないかという思いがあります。自分の外という意味と、文学の業界が『これが文学だ』と思う標準から外に出るということです」

 作家星野智幸さん(51)の自選作品集『星野智幸コレクション』(全四巻)が人文書院から刊行中だ。編集者が「未来を見据えて書かれてきた作品の内容に、現実が近づいてきた。今こそ読まれるべきだ」と発案し、二〇一〇年までの代表作や単行本未収録作などを、テーマ別に分類した。「政治」「家族」を扱った第一、二巻が刊行済みで、今月下旬に「自殺」と「移民」の第三、四巻が出る。硬派なテーマを題材にする作品群は、日本の純文学の世界では強い存在感を放つ。

 「選挙や政治家は私たちの日常の生活の背景に普通にありますが、日本の小説で描かれることは少ない。政治的な題材を扱うだけで嫌悪感を抱かれてしまう。しかし、僕の好きなラテンアメリカの小説には、普通に登場します」

 一九九七年の作家デビュー後、意識的に政治を扱った小説を書いてきた。第一巻の冒頭に収めた「在日ヲロシヤ人の悲劇」(二〇〇五年)はその一つ。描いたのは、9・11後の近未来日本を生きる家族の姿だ。国軍の海外派兵に異を唱えてデモをする主人公好美は、世間のバッシングを受けて死に追いやられる。

 今回読み返してみて「現在の社会そのものだ」と慄然(りつぜん)としたという。「日本社会が一番悪い進路をとった場合の架空の世界として書いたつもりでしたが、今は最悪のケースを通り過ぎちゃったという印象です」

 執筆の動機は、イラクで人質になった日本人へのバッシングに衝撃を受けたことだった。日本はその後、在日コリアンらへのヘイトスピーチがまかり通る社会になった。

 「人を精神的に殺すような暴言を吐いてもいい、という空気が社会中にあふれている。その言葉が広がれば広がるほど、差別が実体化していく。言葉の暴力を批判できるのは文学の大きな役割だと思いますが、今の文学は超然として構えているきらいがある。引き返せないところに来てから何か言っても遅い。もっと文学が政治に意識的になってほしいと、第一巻で『政治』を前面に出しました」

 「家族」をテーマにした作品を多く書いてきたのも「政治の力は家族の姿に現れる」という思いからだ。

 第二巻に収めた「毒身温泉」(〇一年)では、独身者や性的マイノリティーの人たちが建物を借り、自分たちの「楽園」をつくろうとする。象徴的な家族像を提示し続ける運命にある「天皇家」についても同巻の「ロンリー・ハーツ・キラー」(〇四年)などで取り上げた。

 「日本社会がどこで人を線引きして身分のランクをつくっているのか。それが家族の制度と文化に全部織り込まれている。『男は家族を養わなくちゃ』という意識に無理に縛られていることも、不満となって言葉の暴力につながっているのではないか。家族のあり方が多様化すれば、いろいろな不満や生きづらさが消えるのではないでしょうか」

 自選集に収めた作品以降も、「俺」が増殖して他人との違いが消えていく『俺俺』(一〇年)、商店街に悪意と暴力の渦巻く『呪文』(一五年)などで、同調圧力が増す社会の病理を可視化して描き、高い評価を得てきた。

 今後の世界を見通す目は、ますます厳しい。「トランプみたいなものが、日本にも間もなく来るだろうと思います。『絶対に当選しない、避けられる』と思っていると、実際に起きたときに無力にしかなれない。『来たときに何ができるのか』という心構えが大切です。そしてさらに長いスパンで、その先の社会にどんな価値観や世界像がありうるのかを示したいと思っています」。強い覚悟が伝わってきた。 (石井敬)

 

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