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【土曜訪問】

歴史の複雑さ伝える 「応仁の乱」がベストセラー 呉座勇一さん(歴史学者)

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 思わぬヒットに本人も驚いている。呉座(ござ)勇一さん(36)の『応仁の乱』(中公新書)が、昨年十月の刊行から三十万部以上の売り上げを記録している。「難しいと言われます。だって、三十万人の読者なんて想定していないわけですから」

 応仁の乱は、室町幕府崩壊の引き金となった。有力大名・畠山氏の家督争いなどを発端に、細川勝元と山名宗全(そうぜん)を総帥とする大名間の勢力争いに発展。足利将軍家の跡継ぎ問題も絡み合い、混沌(こんとん)とした様相を呈しながら戦乱は十一年におよんだ。結果として幕府は弱体化し、日本は群雄割拠の戦国時代に突入する。

 本のヒットには「希望を持ちました」とも話す。「われわれが生きているのは複雑で混沌とした社会です。複雑なものを極度に単純化して分かったような気にさせる本ばかりが売れて、ちょっとなあと日頃から思っていました」

 東京大の日本史専攻に進学した大学三年生のとき、米中枢同時テロが起きた。「冷戦が終わり、世界は平和に向かうんだという期待が一転して、先の見えない時代になってしまった」。そんな現代と通じるものを日本の中世に感じ、中でもつかみどころのない南北朝から室町にかけての時代を専門に学ぼうと思った。

 卒業論文は武士の一揆をテーマにした。「一揆といえば農民というイメージだった。武士も一揆をするんだと知って、面白いなと思ったんです」。しかし、一部の研究者からは不評だった。「いまどき武士か、大事なのは民衆だと。でも、民衆の研究が偉くて、武士はそうでないというのはおかしい。研究対象の価値は平等のはずです」

 戦後の歴史学は、階級闘争や経済基盤を重視するマルクス主義の影響を受けて発展した。呉座さんも貨幣経済の成長が中世に与えた影響は否定しない。ただ、「民衆の闘いの歴史が貴いんだというのは一つの固定観念です。歴史家が百人いれば百通りの歴史観があっていい」と主張する。

 これまでの著書ではマルクス主義的な見方で歴史を叙述する「階級闘争史観」の弊害を一貫して訴えてきた。デビュー作『一揆の原理』(ちくま学芸文庫)、『戦争の日本中世史』(新潮選書)では、革命のイメージが重ねられがちな一揆と下克上の歴史像の塗り替えにそれぞれ挑んだ。

 歴史を現代に生かそうとする姿勢も著書には一貫している。『一揆の原理』では中世の一揆を「今後の社会運動のあり方を考える上で貴重なヒント」として示してみせた。

 「政治家や経営者は大きな決断をするとき、戦国時代や幕末の歴史をよくたとえ話に出します。意外と、それは事実じゃないことが多い。フィクションで政治や企業の命運が左右されるのは恐ろしいことなので、歴史に学ぶのは本当はどういうことか、率先して示そうとしているんです」

 特に、歴史上の失敗例が現代人の参考になると考える。「成功例は偶然ということもある。その点で応仁の乱は失敗の連続です。みんな見通しが外れ、行動は裏目に出る」

 戦国時代までに成立した軍記物『応仁記』以降、応仁の乱の悪役とされてきたのは将軍足利義政の妻・日野富子だ。わが子を将軍の跡取りにしようと暗躍し、混乱を招いたと説明されてきた。呉座さんの著書では富子の記述は比較的少なく、大乱の収拾に力を割いた側面が強調される。

 「人は分かりやすい説明を求めます。女性差別が今よりもずっと強かった時代なので、富子が悪役にされたのでしょう。でも、戦争が起こる原因は複数の要素が複雑に絡み合っているものです」

 呉座さんは本の中で応仁の乱と第一次世界大戦との類似を指摘したが、現在ではトランプ政権誕生後の世界情勢とのつながりを感じている。

 「将軍である義政の決定は、周囲には行き当たりばったりに見えた。その予測不可能性が混乱を生んだのは間違いありません。現代では同じように、トランプ政権の判断に日本はもちろん世界中が振り回されている」と見る。「応仁の乱は、そんな混迷の時代を生きるヒントになるのかもしれません」 (小佐野慧太)

 

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