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【土曜訪問】

「地球の日常」を探る 国立民族学博物館館長に就任 吉田憲司さん(人類学者)

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 「みんぱく」の愛称で親しまれる国立民族学博物館(大阪府吹田市)が今秋、開館四十周年を迎える。各国の民族資料の収集・展示では「世界最大級」を誇る博物館で、人類学や考古学の専門家の研究拠点でもある。その六代目の館長に四月、吉田憲司さん(61)が就いた。同館で長くアフリカの仮面文化を研究しつつ民族学博物館のあり方を探ってきたこの人が、節目の年に抱く思いを聞く。

 《さあ、地球の日常を探検しよう。》 これは四十周年を記念するポスターのキャッチコピー。華やかな祭りの衣装から農耕具、理容室の看板まで、多彩な品々が並ぶ館内を巡るのは、まさに探検旅行の気分だ。

 中でも目を引くのが、植物の皮で編まれた「ニャウ・ヨレンバ」。アフリカ南部に暮らすチェワ族が喪明けの儀式でかぶる、動物を模した仮面の一種だ。ハイエナなど計三点あり、いずれもザンビアにあるチェワの村に三十年以上通う吉田さんが自ら作ったもの。「村の仮面結社に入って、研究助手が亡くなった時は儀式の喪主もやりました。だから『複製』とは書いてないんですよ」

 吉田さんが同館の助手になったのは一九八八年。だが館との接点は、七七年の開館前後までさかのぼる。もともと京都大で美術史を専攻していたが、人類学にも興味を持ち、みんぱくの研究者の勧めで七八〜七九年に調査隊に参加してスーダンを訪ねたのが、アフリカ文化との出合い。大学院に進んだ後も、西洋美術史の研究室に所属しつつアフリカで現地調査を続ける。以来一貫して、美術史学と人類学の領域、さらには美術館と博物館の枠組みを超えて活動してきた。

 美術館と博物館。英語ならともに「ミュージアム」だ。「自分の中で壁はなかった」と振り返るが、学会も社会も別物扱いしていることに問題意識を抱いた。「美術館は進んだ文明の中で作られた美しい作品を、博物館は異文化の未開の地から持ってきた物を見せる場という妙な区別がかぶさっていて、世界の半分が見えてないような視野の狭さがあると感じたんですね」

 みんぱくで手掛けた特別展では、その「壁」を取り払うことを意識してきた。大英博物館と協力して九七年に開いた「異文化へのまなざし」では百年前の大英博物館の展示を再現し、西洋の博物館における異文化の見方の問題にスポットを当てた。また、二〇一四年からの「イメージの力」では、みんぱくの収蔵品が国立新美術館(東京)など各地の美術館を巡回した。「アプローチの違いはあっても、民族学資料は博物館と美術館のどちらで展示してもよいはず。少しずつ区別は薄れてきていると思います」

 もうひとつ、博物館のあり方として提案してきたのが、単なる展示の場には留(とど)まらず、研究者や来場者が生の声を交わす「フォーラム=討論の場」であることだ。「展示とは本来、見る人と一緒に完成させるものですからね」。担当した特別展では名札を着けずこっそり会場に立ち、率直な感想を聞いては休館日に展示替えをして反映させた。意見交換の場として、ギャラリートークやシンポジウムも積極的に開いた。

 基本構想の策定を含めて二十年近くを費やし、今年三月に完成した常設展示の改修でも中心となった。心掛けたのは「生きている個人が見える展示」という。世界各地の暮らしを伝えるため現地の博物館関係者を招いたり、資料を集めた地域の人に展示会場の写真を見せて意見を聞き、新しい展示をともにつくりあげたのだ。「研究者と対象の地域、人々が一つになって、情報を蓄積させていけるようにしたい」と願う。

 そこから生まれた情報を多くの人に届けようと、説明文や資料データの多言語化とネットでの公開、大学との連携強化に取り組む。「若者やアジアからの観光客に来てもらい、世界へ目を開く機会に」と、館の会員制交流サイト(SNS)の充実にも目を配る。忙しい日々が続くが「今年も何とか時間を盗んで、チェワの村に行くつもりですよ」と自作の仮面の横でほほ笑む。「地球の日常」を探り続ける人類学者の顔がのぞいた。 (川原田喜子)

 

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