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【土曜訪問】

アートと読者 橋渡し 「美術エンタメ」切り開く 原田マハさん(作家)

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 アートの世界に、もっと深く入り込んでみたい。作家原田マハさん(54)の小説を読むと、そんな気持ちになる。活力あふれる筆致で画家の生き方や作品のドラマを描き、美術が人生をどれほど豊かにするかをまっすぐに伝えているからだ。六月には、自身初のシリーズ作品となる『アノニム』(KADOKAWA)を刊行した。漫画「ルパン三世」のような窃盗団が登場する痛快なエンターテインメント。書店で自作などを語る催しの前、人気作家のつかの間の空き時間に、東京都内の事務所を訪ねた。

 アノニムは「作者不詳」を意味するフランス語。この小説では、作中に登場する正体不明の窃盗団を指す。窃盗団とはいっても、盗難にあった名作を盗み返し、こっそり持ち主に返す義賊だ。「これまで以上に思い切ったフィクションを書いてみたかった」と、原田さんはきっかけを語る。

 アノニムの構成員七人は、それぞれ表の顔を持つ。美術史家に修復家、画商…。美術にまつわる多様な現場の最前線で活躍し、技術も知恵も資金もたっぷりある。「私のドリームチームとして編成しました」という豪華な顔ぶれだ。

 シリーズ一作目となる今回は、抽象表現主義を代表する現代アートの巨匠ジャクソン・ポロックを取り上げ、幻の一作をめぐる攻防を描いた。「現代アートは分からない、という声をよく聞きますよね。実は私も、ポロックの絵を最初に図版で見た時は、これがアート?と感じたんです。でもニューヨークで実物と対面すると、まったく違った。すごい吸引力がある。分からないと言う人に、理解するのではなく体感してもらいたいという気持ちがありました」

 原田さんが美術の世界で働き始めたのは二十代半ば、広告会社を辞めて、独学で現代アートを学んでいたころだった。東京・原宿で開館の準備中だった美術館の前を通りかかり、飛び込みで「働きたい」と志願した。「今ならスタッフを募集しているに違いないと思って」。度胸を買われて就職。以後、伊藤忠商事、森ビルの森美術館準備室へと移籍し、米ニューヨーク近代美術館にも派遣されるなど、華々しく活躍してきた。「アートにかかわるなら、ど真ん中に触れたい。そのための努力はずっと怠らなかったですね」

 充実した仕事の一方で、四十歳を迎えるころ「残りの人生で何ができるだろう」という思いにもとらわれた。「画家の展覧会を企画すると、没後十年など、十年単位で区切っていくでしょう。私も四十代の十年で、やりたいことをやりつくしてみようと」。覚悟を決めて独立。まもなく「日本ラブストーリー大賞」を受賞し、作家としての一歩を踏み出した。「思えば、自分のクリエーション(創造)と美術を融合させたいという気持ちは、ずっとあったんです。たぶん子どものころから」

 二〇一二年、満を持して発表したのが『楽園のカンヴァス』(新潮社)。「全身全霊を込めた」という美術ミステリーは、狙い通りの高い評価を得て、山本周五郎賞などを射止めた。それからは『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』(いずれも直木賞候補)や、陶芸家バーナード・リーチと日本との縁を描いた『リーチ先生』(新田次郎賞)など美術を切り口にした作品を、せきを切ったように発表。<美術エンターテインメント>という新たな分野を切り開いている。

 「アーティストをフィクションとして扱うのは、申し訳ないような気持ちもある。どんな作品でも、一番に考えているのは、読者にリスペクト(敬意)が伝わることですね」

 今、アートと世の中を結ぶ仲介者としても、原田さんは貴重な存在だ。美術館などでの講演を頼まれる機会も多い。東京のほか信州に拠点を構えるが「いつも移動しています」。ハイペースで執筆を続けながら、世界各国に出かけ、美術館をめぐっている。

 「ちょっとした興味で私の本を手にした人が、読み終わってから実際に美術館に足を運んでみる。そんなアクションのきっかけになればうれしいと思っています」 (中村陽子)

 

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