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【土曜訪問】

腹を割り、思い正直に 『母ではなくて、親になる』出版 山崎ナオコーラさん(エッセイスト・小説家)

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 女優の中江有里さんが、山崎ナオコーラさん(38)の小説『美しい距離』を、本紙朝刊の読書エッセー「3冊の本棚」で今年一月に紹介していた。四十代初めで病魔に侵された妻と、夫のかかわりを描いた物語。デビュー作の『人のセックスを笑うな』など、それまでの山崎さん作品に比べて文体が大人びていて新鮮な印象を受けた。そんな私の感想を伝えると、中江さんは、山崎さんの子育てエッセーがWEBで連載中だと教えてくれた。

 <なぜ赤ん坊を育てたいのか?…寂しいからと子どもを欲しがってはいけないのは重々承知しながら、やはり寂しかったのだと思う>。検索して読むと、率直な冒頭の一文から、ギュッと心をつかまれた。その連載『母ではなくて、親になる』が六月に単行本になって河出書房新社から刊行され、この機会に山崎さんに東京都内で話を聞いた。

 「私の場合は『女性らしく子育てする』っていうのはしっくりこなくて、ただの『親になる』って思ったらすごく楽だし、やる気に満ちたんです。多分、私みたいな人は世の中にほかにもけっこういるはずだと思います」。妊娠中の決意がそのまま、エッセーのタイトルに。タイトルが決まると「『性別』について書くんだっていう軸が定まった」という。

 「性別のことを書きたいんだけれど、女性の権利を主張するとか、男性の批判はやりたくない。そこのところが伝わらないなって、これまでずっと思っていたんです。子どもがいると父親との付き合いもけっこうあるので、男性にどう接したらいいか考えさせられ、『もっと男性のことを守りたい』とか『男性にこういうふうに接してもいいんじゃないか』とか、書きたいことがけっこうあるかもって気づきましたね」。『母ではなくて−』には「フェミニンな男性を肯定したい」ことについてつづった章もある。

 二〇一五年刊行のエッセー集『かわいい夫』にも書いたように、夫は「けっこう弱いタイプ」。「精神的にも肉体的にもあんまりタフじゃないというか。それこそ『女性の権利の主張とかそういうのじゃないな、うちは』『守らなきゃ』『優しく接しなきゃ』って思って。『経済力も私の方が上だからって偉そうにしたら経済DVになっちゃうんだ』とか。もう今の時代、男性に優しくすることを考えていくことが求められているんじゃないかなって思ったんです」

 今作をきっかけに「エッセーを本気でやっていきたい」気持ちも定まった。「私は芥川賞にもう五回落選していて、『小説家なのにエッセーを書いていると筆が荒れる』とか『小説自体がエッセーっぽくなっちゃう』っていう話を聞いたことがあって『どうなんだろう?』ってずっと思ってたんですけど『私はエッセーやるんだ』『肩書はエッセイスト・小説家にしよう』って決めました。ゆくゆくは老人エッセーを書きたい。そこまでの思いが定まった」

 二十六歳で作家になり、三十三歳で「町の本屋さん」で働く書店員と結婚。「カテゴライズせずに人間を見ることはできないのか」と日々考えてきた。「ナオコーラ」の筆名にも、どこかそうした趣がある。今作には、流産や不妊治療をへてたどり着いた妊娠、出産や子育てについての思いを赤裸に、正直につづる。経験や見聞の間にちりばめられた思索は、世代や子どもがいるかどうかといった立場を超えて共感できる。<やはり、文化は心の疲れや傷を吹き飛ばしてくれる><私自身、自分の親とのことを考えると、この「好きなときも嫌いなときもある」というのがものすごくしっくりくる><何かをしっかり選んで、何かをきっかり失えるほど、人生は単純ではない>−。

 「身近な人よりも遠くの人が大事だから作家をやってるっていう気持ちがあるので、できるだけ何でも、正直に書こうって思いました。高校ぐらいの時、友達が全然いなくて、本をいっぱい読んでいたらすごく救われたので、文章で腹割ってくれてる人ってすごくありがたかった。だから自分が文章書いて本を出せる立場になったら絶対、腹を割って遠くの人と手をつなごう、って思いましたね」 (岩岡千景)

 

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