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【土曜訪問】

想像力の限界に挑む 初のリアリズム小説で新境地 上田岳弘さん(作家)

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 SF的とも評される手法で、個の物語を人類の来し方、行く末にまで拡張する巨視的な作品を発表してきた上田岳弘(たかひろ)さん(38)が、最新小説集『塔と重力』(新潮社)を刊行した。表題作では初めてリアリズム(現実を描く)小説に挑戦。「より高く、遠くまで跳ぶための地固めができた」と達成感を語る。

 上田さんの小説には、よく人知を超越した存在が登場する。三島由紀夫賞を受賞した『私の恋人』は、高い知性を持ったクロマニョン人が現代に転生し、理想の恋人を求める物語だった。芥川賞候補作『異郷の友人』の主人公も生まれ変わりを繰り返し、他人の人生をのぞき見る能力まで身につけ「神」と呼ばれる。

 ところが最新作では、そうした非現実的な設定を表面上は“封印”した。主人公の田辺は、高校時代に阪神・淡路大震災で生き埋めになった経験があり、そのとき思いを寄せていた予備校仲間の美希子を失っている。二十年後も彼女を忘れられない田辺に、友人の水上が「美希子を紹介する」と称して奇妙な飲み会を次々とセッティングする。

 「僕が本当に書きたいのは、SFというジャンルではなく、SFをはじめとしたファンタジーの手法を使って表現できる小説。それがリアリズムという範疇(はんちゅう)の中に収まるのか、試してみたかった」と、上田さんは執筆の意図を語る。

 ただ、本作は普通のリアリズム小説とはだいぶ手触りが異なる。水上の書いた小説という設定で、『私の恋人』『異郷の友人』などを連想させる作中作が挿入される。田辺のトラウマ(心的外傷)も、個人とは本当に代替不可能なのかという哲学的な問題へと膨らんでいく。まるで小説そのものが、狭い個の物語の枠に押し込められることを拒否しているかのようだ。

 登場人物たちの会話に頻出する「神ポジション」という言葉が異彩を放つ。個人のミクロな視点でなく、人類や世界といったマクロな視点に立って物事を語ることを指す造語。まさに、上田さんが過去の作品で用いてきた手法でもある。

 「僕は昔から世の中を俯瞰(ふかん)的に見るところがあり、小説でもマクロ視点を持ってしまった個人を描いてきた。日本の純文学はミクロな視点から書かれるものが多いので、珍しく見えるのかもしれません」。さらにこう付け加える。「SNSの普及した現代では、フェイスブックやツイッターの投稿を通して世界中の人々の生活が息づいて見えてくることがある。マクロな視点というのが一般化してきたように感じるんです」

 作家が想像するのはその先だ。「誰もが神のポジションに立つ時代が来たら、人生の最良型が決まってしまう、生き方の形が固定化されてしまうのではないか」。その懸念からか、これまでの作品では、人類が個を手放して一つに溶け合うという終末のモチーフが繰り返し描かれてきた。しかし本作のラストでは、悲観論をうち払うような力強い着地点に到達する。

 「自分の小説は想像力がどこまで精緻に、遠くまで及ぶかの挑戦でもある。今回の『リアリズム縛り』という実験も、そのために意義があったと思う」

 さて、「地固め」を終えた作家はどのような飛翔(ひしょう)を遂げるのか。実は計画が既に動きだしている。文芸誌『新潮』十月号で始まった自身初の長編小説「キュー」は、ポータルサイト大手「ヤフー・ジャパン」でも同時連載されている。スマホで純文学を鑑賞する「新しい読書体験」の提供を目指し、視覚的な演出なども加えられた。「純文学というのは、言葉を煮詰めて最先端の文章の連なりを探っていく芸術だと僕は思っている。月間ページビューが七百億というヤフーのリーチ力と、新潮のテキストを練り上げる力が掛け合わされば、すごい効果が生まれるはず」

 両社にとっても初の試みというこの企画は、上田さん自身が発起人の一人だ。小説を書いて、本を出して終わり、ではない。IT企業の役員を務めながら執筆する現代作家らしいアイデアだ。「未知数な感じが楽しみなんです。これからも、今までになかったことに挑戦したい」。そう言って、自信ありげな笑みを浮かべた。 (樋口薫)

 

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