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【土曜訪問】

死者よ声を聴かせて ままならぬ体で「生命」表現 来月公演 金滿里さん(劇団主宰)

松尾晴彦さん撮影

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 ずずっ、ずずっ。暗闇から、女性が現れた。わずかな腕の力で、座ったまま全身をひきずって前へ進む。レオタードから透けて見える背骨は、大きく曲がっている。体の前に投げ出された両足はぴくりとも動かない。劇団「態変」を主宰する金滿里(きむまんり)さん(63)。鋭く宙をにらむと、空気がピンとはりつめた。

 新大阪駅近く、大阪市東淀川区の住宅街のアトリエで、十月中旬の東京公演に向けた稽古を見学させてもらった。

 見慣れぬ動きに目をこらすうちに、不思議な感覚が湧いた。いま見ているのは、うごめく「生命」そのものじゃないか−。

 「私らは、健常者と違う身体感覚を持ってる。それが、観客の細胞ひとつひとつを目覚めさせるんです」と金さんは、笑顔で語す。

 三歳でかかった小児まひで首から下がほぼ動かない。現在約十人いる態変のパフォーマー(役者)も、全員が身体障碍(しょうがい)者。それが、三十四年前の劇団立ち上げからのポリシーだ。両手両足がない人もいるが、座ったままや寝たまま、はいずったり転がったりしながら、舞台中を動き回る。

 欧州をはじめ海外でも「これは革命だ」「芸術の枠組みを変えた」と絶賛された。観客が強烈にひきつけられるのは、態変が「二足歩行をしてきた人類の歴史と、逆方向の価値観を示す」(金さん)からだ。「海を漂う原初生命体や、その生命体が陸に上がって肺呼吸をした瞬間…。そんな進化の記憶を想起させるのが、私らの舞台芸術です」

 大阪で十人きょうだいの末っ子として生まれた。七歳から十七歳までの十年間、施設に入っていた。そこでは障碍児が介護者=健常者の胸三寸で命を左右されていた。少し年上の、重度の寝たきりだった女の子に対する看護師の言葉を今も鮮明に覚えている。ある日、女の子の床擦れのガーゼを交換し、「あっ、ウジが湧いた」と声を上げた。重度であるほど放置され、亡くなる子もいた。

 十九歳で障碍者運動に出会い、家を出て地域で自立生活を始めたが、そうでなければ一生、施設生活だった。「植松聖(さとし)(被告)に殺されたのは、私だったかもしれない」。昨年七月、相模原市の障碍者施設「津久井やまゆり園」で起きた大量殺傷事件に、施設での記憶がよみがえった。

 「相模原では戦後最多の十九人が一度に虐殺されたのに、あまりに軽く扱われている」と憤る。意思の疎通ができない者は殺していい、役に立たないなら社会から消すべきだ−。加害者は衆院議長宛ての手紙で、その差別思想が安倍晋三首相に理解されると期待していた。政府は「差別犯罪」と非難せず、差別根絶の表明もしなかった。

 「被害者は三度殺された。最初は施設への隔離で、最後は匿名報道で、社会的に抹殺された。人里離れた施設に隔離して匿名にしておけばいいと考えることで、社会全体がこの犯罪に加担している」と金さんは考える。「差別と独裁を防ぐには、障碍者を社会に帰して、共に暮らすしかない」

 態変は五年前、国の制度改変で助成金が受けられなくなり存続の危機に陥った。現在は賛助会員の寄付に頼るが、常に綱渡りだ。

 東京公演で演じるのは「寿(ことほ)ぎの宇宙」という作品。「死者たち」に起き上がって声を聴かせてほしいとの思いでつくった。東日本大震災で犠牲になった人々、劇団を共に支えて亡くなった仲間たち、そして相模原事件の十九人…。「この困難な世を共に歩んでほしい」という思いを込めた。

 「環境は破壊され、すべてを勝ち負けや効率、お金に換算する文明はすでに行き詰まっている。人間が宇宙に祝福されて迎え入れられるのか、まさに瀬戸際。奪われていい命はどこにもない。命は、存在するだけでいい」 (出田阿生)

◆東京・荒川の劇場で

 「寿ぎの宇宙」公演は10月13日午後7時、同14・15日午後2時、「d−倉庫」(東京都荒川区東日暮里)で。14日午後3時半から金さんと詩人吉増剛造さんらのシンポジウム(別料金)を開催。公演後の対談も(13日・作家田口ランディさん、15日・美学者谷川渥さん)。前売り一般4000円、当日4500円。車いす席は全日完売。問い合わせは劇団態変=電06・6320・0344。

 

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