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【土曜訪問】

自然と魂をつなぐ言葉 第5句集『羽羽』で蛇笏賞を受賞 正木ゆう子さん(俳人)

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 俳句界で最も権威のある「蛇笏(だこつ)賞」を今年、正木(まさき)ゆう子さん(65)が第五句集の『羽羽(はは)』(春秋社)で受賞した。震災後の福島で子どもたちに俳句を教え、自らもまた被災地への思いを句に託してきた俳人だ。

 ケヤキ並木が美しい、さいたま市内の神社の参道。この道をよく訪れるという正木さんと待ち合わせた。木漏れ日の下、「ここがなかったら、近くに住んでないかも」と、ほほ笑む。秋にはタカの渡りを観察するなど句作で野外に行く機会も多く「どんどん、自然に対する興味が深まります」。

 だが、故郷の熊本市で過ごした子どもの頃は体が弱く、自然の中で遊ぶより写真館を営む実家の屋内で過ごすことが多かった。お気に入りの場所は暗室。「現像液に漬かった印画紙に、ぼーっと画像が浮かび上がるのを見るのが好きでした。今思えば、俳句という定型に言葉が浮かんでくる過程に、どこか通じるところがあります」

 両親も俳句をたしなんでいたが、正木さんが本格的に始めたのはお茶の水女子大で過ごした学生時代。きっかけは、兄が突然送ってきた俳句の本だ。都内のアパートの近所を散歩するうち、ふと一句浮かんだ。どんな句かは「内緒」と笑うが、それから家族とともに句作に取り組み始めた。

 一九八六年、第一句集『水晶体』を刊行。その後は現代の女性の心情をしっかりとらえる作句と、深い読みに定評のある俳論の両方で活躍の場を広げた。

 『羽羽』に収めたのは、二〇〇九年から一五年に発表した約三百句。この間、心も創作も揺さぶられる出来事があった。二〇一一年三月の東日本大震災と原発事故だ。報道で知る東北の惨状の前、無力感に襲われた。「励ましの句なんて、詠めるわけもない」と。

 それだけに、この句集での受賞は感銘深いものとなった。「苦しい時期に自分のために作った句で、人に伝わらなくてもいいと思っていた。時代を反映した句集と評価されたなら、救いになります」

 掲載句の一つが<人類の先頭に立つ眸(ひとみ)なり>。テレビで、避難所の子どものまっすぐなまなざしを見て詠んだ。彼らのために何かしたいと、福島県で小学生に俳句を教え始めたのは半年後の九月。それから今年まで年に数回訪れている。

 当初はまだ除染が進まず、外出が制限されていた。「外で俳句の材料を探しましょう」と言っても子どもの表情は硬い。歩き回るうちに笑顔ものぞき、句作も楽しんでくれたが、その作をどう受け止めるべきか思い悩んだ。「目の前の自然をすこやかに詠んでくれたけれど、その自然は放射能を浴びていると思うと複雑で」。親が電力会社に勤める子もおり、原発批判もできない。「どんな言葉をかけるのがいいか、分からなかった」と明かす。

 <さすらひて峰雲へゆく牛の群><駆くるべき野をまなうらに春の馬>

 自身が被災地で詠んだ題材は、動物が多い。中でも農家が避難し、後に残された牛や馬が忘れられない。「人も動物もすこやかな土と水がなければ生きていけない。存在の根源です」。それが、あの春の日に失われた。「あれから片時も原発事故のことを考えなかったことはないし、考えずに詠んだ句もありません」

 自分に、俳句に、何ができるのか。悩みつつ福島に通っていた昨年四月、熊本を最大震度7の大地震が襲う。選者を務める県紙の俳壇には、被災者の作品が次々に届いた。詠まれていたのは車中で過ごした不安な夜、避難所の日々…。「動転していても、すぐに俳句になる。言葉で表現することが身に付いている人はすごいと実感しました」

 福島の子らにも、その力を付けてほしいと願う。

 「花を見て花を詠む。鳥を見て鳥を詠む。仕事で使うような実用的な言葉だけでなく、自然と自分の魂をつなげる言葉の使い方があるんだと示しておきたい。詩歌は無力だけど、大切な存在です」

 いつか、成長した彼らが優れた文学を生むと信じる。「自分たちの根源を揺すぶられる経験をしたんです。きっと何かを表現する人が出てくると思います」 (川原田喜子)

 

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