東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 土曜訪問一覧 > 記事

ここから本文

【土曜訪問】

「陰徳」にみる日本の根 サントリー創業者描いた『琥珀の夢』出版 伊集院静さん(作家)

写真

 「やってみなはれ」の精神で洋酒文化に命を捧(ささ)げた、サントリー創業者の鳥井信治郎(一八七九〜一九六二年)。その生涯を追った伝記小説『琥珀(こはく)の夢 小説鳥井信治郎』(集英社)を、作家の伊集院静(いじゅういんしずか)さん(67)が出した。「小説の縁というか、作家が筆を起こそうとするときっていうのは、いろんな動機がある場合が多くてですね…」。仙台に自宅がある伊集院さんに、東京で話を聞いた。

 鳥井信治郎とは一体どんな人物であったのか。そんな思いにとらわれたのが、執筆の始まりだった。きっかけは、二〇一一年の東日本大震災の後。サントリーが宮城、岩手、福島など被災県に多額の義援金を贈ったと知人から聞いたことだった。企業家らの義援金が話題を集めていた時期。だが同社の寄付は初耳で、「本当かね?」と尋ねると知人は言った。「それがあの会社の創業以来のやり方なんです。陰徳ですね」

 伊集院さんは年二回、成人の日と新社会人の入社の日に、サントリーの新聞広告にメッセージを寄せてきた。その縁から信治郎の孫である当時の社長に確かめたという。「『本当ですか?』って聞いたんですね。そしたら『ああそうだ、現金が一番いいんだ。とにかく知事の使える現金を用意しないと、にっちもさっちもいかないんだ』と。『何でそのことをあんまりおっしゃらないんですか』と言ったら『じいさんの代から、あんまり口にせんようにというのは社風だ』と」

 「陰徳」とは、人に知られないかたちで善行すること。それを百年守らせる信治郎に興味が湧き、知りたいと思っていたところ、本人による半生記『道しるべ』が手に入った。「読んでみると、こうしたら商売がもうかるってことは書いてない。とにかく親孝行しろ、家族孝行しろ、神様を大事にしろ、と。それから『陰徳』のことが書いてある。商売についても売り手よし、買い手よし、世間よしの『三方よし』ってことしか書いてない」

 さらに調べてわかったのは苦労人だったこと、「経営の神様」といわれる松下幸之助が生涯、師と敬愛していたこと。「それから、関東大震災で東京の問屋の国分勘兵衛商店が被災してお金が全く払えないとき、鳥井さんが食料と商品を届けてくれて、しかも伝票を目の前で破り捨てた、と。『これはもしかしたら面白い物語になるんじゃないか』『この人間を書くことで、日本人が国際社会の中で今日のポジションを築き上げた、その根みたいなものがわかるんじゃないか』と思いましてね」

 そうして書いた物語では、大阪での幼少時代や薬種問屋の丁稚(でっち)奉公で学んだ葡萄酒(ぶどうしゅ)づくり、周囲の反対を押しての国産ウイスキーづくりや山崎蒸留所の建設など、明治から昭和にかけての信治郎の生涯を描く。陰徳を身に付け、実践しながら道を築いたその姿は、読む者を引きつける。「陰徳って何だろう?って書いているときに考えたんだけど、僕は『平等性』だと思ってるんです。初め『慈愛』かなと思ったけれど、慈愛は平等性にちょっと欠ける。慈愛がよくよく深まれば平等性なんだろうけど、『生まれ出づればみな平等である』っていう啓蒙(けいもう)があるんじゃないかって。私の出した答えは、ね。平等ということで商いをしていったら金満家は育たない。それでどんどん、のれん分けもできたんじゃないか」。「独り勝ち」でなく、ともに発展しようとする商売哲学。「実は社員全体、家族全体が非常に安定してる企業が日本に多いから、こうして(発展が)続いてるってことは明らかなんだよね」

 震災直後の一一年四月一日、伊集院さんはサントリーの新聞広告にこんな言葉をつづっている。<ハガネのような強い精神と、咲く花のようにやさしいこころを持て。苦しい時に流した汗は必ず生涯のタカラとなる>。信治郎の生き方にどこか重なる。共鳴するところがあったのでは…? 「ありますね。というより私が好きなタイプの男の人に仕上げたから。どんな本も運命を持っている。書き終わった瞬間、それぞれの運命を与えられる。運命がいい本になればいいな、と思っています」 (岩岡千景)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報