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【土曜訪問】

人と人、絵でつながる 筆を持ち街へ出よう 藪野健さん(画家)

写真

 藪野健(やぶのけん)さん(74)から記者に案内が届いた。東京・日本橋三越の画廊で個展を開き、公開制作をする、という。現代美術家が公衆の前で創作をするのはよく見るが、スペインで古典絵画の技法を学んだ正統的な具象の画家で、日本芸術院の会員でもあるこの大家が−と少し驚き、会場に行く。

 「記憶の都市」と銘打った展覧会だ。第六十五回日本芸術院賞を受けた二百号の大作「ある日アッシジの丘で」から、小鳥を描いた小品まで、五十点が並ぶ。とりわけ目を引くのは、藪野さんが大切な画題としてきたスペインやイタリアの古都を思わせる街と、その上に広がる空。「ヤブノ・ブルー」と呼ばれる独特の色調が鮮やかな青空だ。

 画廊の一角にはイーゼルが立てられ、画家が絵筆を握る。描いているのは、建築を学んだ母校・早稲田大の百年前の光景だ。関東大震災などで消えうせた建物が、一筆ごとに画布の上で生き生きとよみがえる。

 その姿を黙って撮影している記者に「何でも聞いてください」と画家。えっと、話しかけていいんですか? 芸術家には、制作中に話しかけられるのも、そもそも仕事場での姿を見せるのさえ嫌う人だっているというのに?

 「もちろんですよ。私、お話ししながら描いている方が多いんですよ」

 国内外を訪ね歩き、多くの街を写生してきた折もそうだったという。「描いていると最初にネコが来ます。次にイヌが来ます。その次に子どもが来て、心配になったお母さんが来ます。そういう人たちとお話ししないと、その街のことは分かりませんから」

 ある街で建物を描いていたら持ち主が来た。「この建物が気に入ったか」と聞く。うなずくと、窓枠を一つ外して「持って行け」。別の街では「何を描いているの」と幼い姉妹がスケッチ帳をのぞきこむ。両親や近所の人たちもやって来て「見直したら、美しいな」。取り壊されるはずだったその古い建物は、一枚の絵のおかげで生き残った。

 そうした思いもよらない出会いの中、藪野さんの耳と心に響くのは、その街で暮らす人々の言葉だ。あるときはこんなふう。一人の少女が母に話しかける。

 「お母さん」「なあに」

 「ねえ、天国って、どう行くの?」

 少女の口調と母の絶句と。藪野さんの創作は、こうしたささやかなようでいて、しかし忘れがたい記憶に裏打ちされている。たとえ無人の光景を描いていても、かつてそこに立った者やそこで生きた者の息吹さえ、ふわりと浮かびあがらせるようなのだ。

 絵筆を軽やかに動かしつつ来場者の問いかけに朗らかに応じる画家。レンズ越しに見つめて、考えた。秘密の小部屋で布を織るツルのように、ひとり仕事場で孤高を目指す創造も尊い。だがスケッチ帳を手に人々の中へ歩み入る藪野さんの画業には、また別の魅力がある。この人の絵は、人と人を結びつける絵だ。

 そんなふうに感じたのにはほかの理由もある。

 藪野さんは今年の夏、郷里の名古屋市で講演をした。そこで語ったのは、建築を学ぶために留学したスペインでベラスケスやゴヤの絵に圧倒され、絵描きを目指したという若き日の追憶。そして、名古屋の街をかつて彩った多くの名建築物の物語だ。

 取り壊しで消えた建物を描く自作の数々を、画家は「ご覧ください」と聴衆に気さくに渡す。複製ではない、世界に一点だけの絵が、人々の手から手へと行き来する。「紙芝居みたいになってきましたね」と藪野さんがほほ笑む。

 汚れたり傷んだりする心配はしないのですか? 後で記者が問うと、快活な口調の答えが戻ってきた。「絵ってその時代の人のものでしょう。だからその時代の人と共有できればいいと思います」

 この人が自作につける「その手紙から全ては始まった」「ふりかえると遠い日の二人が」といった詩情豊かな題。あるいは、館長を務める府中市美術館(東京)での子どもの受け入れ方。そうしたことについても書きたいが、紙幅が尽きた。続きはいつか、画家からじかに聞いてほしい。あいにく個展は終わったが、明日あなたの家のそばで、楽しくスケッチをしているかもしれないから。 (三品信)

 

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