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【土曜訪問】

「くすくす」感、大切に 絵本『2ひきのねこ』を刊行 宇野亞喜良さん(イラストレーター)

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 後ろから二ページ目の見開きがぶっ飛んでいる。戦後日本を代表するイラストレーターの一人、宇野亞喜良(あきら)さん(83)が十一月に出した絵本『2ひきのねこ』。ネタばらしにならないよう詳述は控えるが、読者に時間や空間を軽々と飛び超えさせるのだ。こんな発想がどう生まれるのか知りたくて、東京・麻布のビルにある事務所を訪ねた。

 宇野さんはこれまでも、児童文学作家の今江祥智さん、歌人の穂村弘さんらと組んで、数々の絵本を送り出してきた。だが文章まで手掛けたのは今回が三作目と、決して多くはない。その作品を、来年創立三十五周年を迎えるブロンズ新社(東京)から出した。

 同社とは浅からぬ縁があるという。「設立のときに僕がロゴを描いたにもかかわらず、一度も絵本の仕事をさせてくれなくて。売るのに値しない評価を僕に対してしていたんでしょうね。今は猫ブームだったりするから、『猫の話だったらいいんじゃないか』ってことだろうと思います」

 ずいぶん開けっぴろげに語るが、こうして生まれた新刊は、都内の自宅で飼う二匹の愛猫がモデル。主人公は猫のボンボン。飼い主の少女の愛情を独り占めにしていたが、ある日、別の猫が来て−。そんな物語の背景にさりげなく描いたのは、コクトーが愛猫家のためにデザインした猫のマーク。この二十世紀フランスの芸術家を敬愛する宇野さんの心憎い演出だ。

 冒頭で紹介した見開きについて「ずっこけそうになりました」と記者が語ると「突然というかね、荒唐無稽さっていうか、くすくすって笑う感じがあったらいいんだろうなって。だから女の子も同じ日にもかかわらず、平気で衣装が違っていたりする」と笑った。この「くすくす」の感覚は、宇野さんがこの冬に立ち上げた服飾や雑貨のブランド「QXQX(クスクス)」の名の由来でもある。

 名古屋市の出身。高度経済成長のただ中に美術家の横尾忠則さんらとともに表舞台に登場し、少女のイラストで一世を風靡(ふうび)した。中性的で、挑発するような、物憂げな危うさに加え、エロチシズムを漂わせる。最初に描いたのは、歌人で劇作家の寺山修司と出した女性向けの叢書(そうしょ)だった。

 しかし一九七〇年代半ばから迷いが生じる。「スポンサーなり仕事を依頼する人から、六〇年代の、自分の過去の看板みたいなものを求められ、またあれを描くのか、っていう感じがあった。骨董(こっとう)屋みたいな」。世間でも、奇抜さや派手さをもてはやす時代が終わる。「病的なものではなく、ごく平凡にテレビを見るようにイラストレーションを見てほしい」と思ったという。

 そこからまた、新しいことを始めた。八〇年代に取り組んだ時代小説の挿絵はその一つ。この時代の画風は横線が特徴的で、かつての少女像の描き手だとは思えない。「あんまり感情とか、強烈に何かを訴えたいというのではなくて、ただここに映像を露呈します、っていう感じ。何げない日常を写すみたいな。身に付いているリアリズム、デッサン力を見せるのが長かった気がします」

『2ひきのねこ』(ブロンズ新社)

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 二〇〇〇年代に入ると、「大人とは違う女の情感」を持つ少女の姿を再び描き始めた。アイドルグループ「AKB48」の登場など、時代を先取りするようなその創作を「僕は意外にカンが良かったのかなって気がします」と自ら評する。

 こうして、自身のイラストの可能性を押し広げてきた。発表の場は、絵本や小説、演劇、広告と幅広い。自分の意のまま創作するのではなく、さまざまな依頼を受けての仕事だが「依頼主が僕の中にいろんな幻覚を見てくれているんで、多様性が出てきたと思うんですけどね」と話す。

 ではこの先、何を描くのか。答えは明瞭だ。「分からない」。だがこう言い添えた。「例えば『戦争反対』って四文字で表現できることを絵でやってもしょうがない。見る人によっていくつかの取り方ができる、絵だからできるあいまいなこと、自由があるのがいい」。八十歳を過ぎてなおとがった少年のような心と柔軟なユーモア精神で、イラストを見る者を特別な世界に誘い出す。 (谷知佳)

 

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