東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 土曜訪問一覧 > 記事

ここから本文

【土曜訪問】

名もなき人 社会厚く 山一証券の「しんがり」追い続ける 清武英利さん(ノンフィクション作家)

写真

 一九九七年十一月。四大証券の一角を占めた山一証券が、二千六百四十八億円とされる簿外債務により自主廃業に追い込まれた。その破綻の真相究明と清算業務を懸命に続けた社員の姿を、清武英利(きよたけひでとし)さん(67)はノンフィクション『しんがり−山一證券 最後の12人』(講談社)に書き、五年前に出版した。テレビドラマにもなった同作は「なくなった会社のために働けるか」との問いを突きつける、印象深い作品だった。

 そして、破綻から二十年たった昨年の秋。清武さんは、元山一証券社員のその後を追った『空あかり−山一證券“しんがり”百人の言葉』(同)を出した。山一証券の社員を追い続けるのは、なぜか。東京都内で会い、話を聞いた。

 「山一証券が破綻した後、社会面で長期的な連載をしたんです」。当時、清武さんは読売新聞の社会部デスク。連載は『会社がなぜ消滅したか−山一証券役員たちの背信』(読売新聞社会部著)と題して本になっている。その後、読売巨人軍専務取締役球団代表などを経てノンフィクション作家に転身。先の二冊を書いた。

 「忘れ去られることへのこだわりがあるんです。サラリーマンの歴史みたいなものを書きたいとも思っていました。二十年、何のために、どうやって生きたのか」。『空あかり』は、そう思っていたところに、『しんがり』に登場する一人で清算業務センター長を務めた菊野晋次さんから、自主廃業から再就職に至る日々の業務を記録した十一冊のノートを渡され、執筆のきっかけに。菊野さんは『空あかり』の最初にも登場する。「菊野さんは立派な人だと思います。『何でやるのか』の問いに明快に答えるわけじゃないんだけど、『介護と同じ』『誰かがやるしかない』と言われると、会社が破綻した場合は、誰かが後始末をしていると教えられる」

 それから、本社や支店のさまざまな役職で働いていた百二人の、当時やその後の人生と思いをつづる。「この人が社長になっていれば山一証券はつぶれなかった」といわれる一人の青柳與曾基(よそき)さん、社内調査委員会の委員長を務めた嘉本(かもと)隆正さん…。「青柳さんが『心の清涼感こそが、何の恐れや憂いもなく力の出る源泉だ』って言うのはとても腑(ふ)に落ちましたね。嘉本さんはずっとみんなの気持ちをしょって、破綻後も精神的支柱であったのは素晴らしいと思います」

 カラオケ喫茶のママやラーメン店経営、編集者などまるで違う道へ進んだ人も。「編集者になった女性が『人生は何とかなる』って言うのは、わかりやすかったですね。僕は『後列の人』って言うんだけど、講堂に集めた時、後ろの列にいる人の方が低い目線でしっかり見てる。『金は貯(た)まらなかったが人は貯まった』っていう言葉も好きです。人生何とかなるし、人は自分の努力でためるものっていうのは、僕の実感でもある」

 真摯(しんし)に生きる名もなき職業人を、取材対象に選んでいるようにみえる。「トップランナーは書きたい人がいっぱいいる。一見、徒労と思えることをあえてやる人に魅力を感じます」。そうした人は「組織に抗している人がけっこういる」「いなくなると薄っぺらな社会になってしまう」とも。

 二〇〇一年に発覚した外務省機密費詐欺事件を題材にし、昨年刊行された『石つぶて−警視庁二課刑事の残したもの』(講談社)でも「歴史上に無名の士としても残らない、『石礫(いしつぶて)』としてあったに過ぎない」と、自らの職への覚悟をつづる警察官のメールを冒頭に載せた。「『石つぶて』でも勇気を持ってしゃべってくれた人がいて、そういう人が警察組織を健全なものにしている。同調圧力は強くなっていて匿名にするのは簡単だけど、『絶対、実名で書く』って言って、最後は相手に『しゃあないな』と言わせるのが難しい。そういう人が本当にいることを、わかりやすく読めるようにするのに苦心している。たった一人が『おかしいんじゃないの?』って言った時に、世の中が変わることもあるから。不正を許す社会、不信に満ちた社会は、生きる意欲をそぎますよね」 (岩岡千景)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報