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【土曜訪問】

字に土に「美」見いだす 新たな字体「味明」を発表 味岡伸太郎さん(デザイナー、美術家)

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 普段、何げなく読んでいる印刷物の文字を見てほしい。本や雑誌、駅のポスター…。たとえば一口に「明朝体」といっても、実はさまざまな形がある。デザイナーで美術家の味岡伸太郎さん(69)は、独創的な取り組みでこの分野を開拓してきた。今年発表した明朝体の新しい文字シリーズ「味明(あじみん)」に魅了され、愛知県豊橋市の仕事場を訪ねる。

 「使いたいなと思える見出し用の字体がなかった。だから自分で作っただけ。いい文字っていうのはね、比べれば一目瞭然。ほらこの字は柔らかいでしょ」

 新しい字を使った自著『味岡伸太郎 書体講座』(春夏秋冬叢書(そうしょ))を開き、味岡さんが語る。いがぐり頭の少年がそのまま年を重ねたような、飾らない雰囲気だ。

 <縦画はくっきり太く、垂直でまっすぐ、横画は細く水平で…><文字の勢い、強さを重視する>。「味明」で目指した形を、本ではこう表現している。「文字を書くのはグラフィックデザイナーの素養の一つです。でも今は、パソコンにあるフォントから選ぶだけの人もいる。そこに必ずしもいい書体はないのに…。デジタルの便利さに文字の魅力が犠牲になっているような状態ですよ」

 漢字のデザインには、専用のソフトを使う。縦棒や横棒などの要素を一つずつ設計し、組み合わせる。驚くことにこのソフトも、字の構造を研究し、数学者と開発した。「これに従えばきれいなものしか生み出せない、という方法論を、いつも考えているんです」

 ソフトを使っても、一文字ずつ形を決めるのは大変な作業だ。二十年がかりで約三千六百字を作った。素人目には、既存の字体との違いはわずかだが、デザインのプロである装丁家らから寄せられる熱い支持が、仕事の質を証明する。

 デザイナーとして知られるようになったのは一九八〇年代。少しクセのある仮名の書体「小町」と「良寛」を発表した頃だ。週刊誌『サンデー毎日』の題字など多くの出版物で使われ、定着した。「日本語の姿を多様化したかった。でもあの時も『作りたい』というより『こういう字が使いたい』が先でしたね」

新たな文字シリーズ「味明」を発表する個展=大阪市で

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 生まれも育ちも豊橋。デザインの仕事は東京が圧倒的に有利だった時代から、地方に足場を置く。「若い人には東京に出るよう勧めますよ。僕は早いうちから文字も売れたから、やってこれた。でも、田舎にいたからできたことも多い。東京に住んだら、書体の仕事が多くなりすぎて、それだけをひたすらやることになっていたかもしれない」

 地元の商業高校で学び、部活動で商業デザインと出合う。その後、デザインスタジオで修業し、独立。グラフィックデザインを中心に、建築と出版、書と絵画などジャンルを横断した多彩な表現に取り組む。

 原点にあるのは、二十代で会った日本の抽象画の先駆者、山口長男(たけお)の言葉だ。<美術に係(かか)わることでデザインが大衆に迎合しない。デザインに係わることで美術が社会との接点を見失わずにすむ。美術とデザインが造る山の稜線(りょうせん)上を歩け>

 「デザインはコミュニケーションの道具なんです。必要なことを伝えるのが目的で、自分を出すものじゃない。僕は学校で美術の成績が全然よくなかったからか、自分で何か作ろうとは全然思わなかったな」

 「味明」の発表にあわせ東京と大阪で個展を開催。美術家としては、各地の土を掘り、それぞれの色や風合いを見せる作品で知られる。一昨年は、地元で開かれた現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2016」に出品し、注目を集めた。「作りたい」わけではないのに続ける創作活動。そこには一貫した思いがある。「自然の中から美の摂理を見いだして伝える。美術もデザインも、そういう意味では近いですね」 (中村陽子)

 

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