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【土曜訪問】

「お言葉」が示す国難 対米従属論を深化『国体論』刊行 白井聡さん(政治学者)

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 二十世紀の世界を大きく動かした思想家マルクスの生誕から二百年。ベストセラー『永続敗戦論』(太田出版)の著者で政治学者の白井聡さん(40)も、その思想を高く評価する一人だ。

 デビュー作『未完のレーニン』(講談社選書メチエ)では、革命家レーニンを再評価した。「資本主義が行き詰まってきたいま、マルクスのプロジェクトを政治的に一つの形にしてみせた人物が過去にいたことをアピールしたかった」と振り返る。同書で展開した変革のビジョンは今も自身の基本理念として生きている。「世の中の『根本矛盾』を民衆が集団的につかむとき、革命的集団が現れる。世の中が変わるんです」

 新刊『国体論』(集英社新書)では、日本の「根本矛盾」として「戦後の国体」という病根をえぐり出す。「つまり、日本に特殊な対米従属構造のことです」

 対米従属と一口にいっても「国と国との関係は利害計算に基づく以上、外交戦略としてアメリカに追従する国は山ほどある」。しかし、日本の場合は異質だ。「『思いやり予算』『トモダチ作戦』…。やたらと情緒的な言葉が多用され、類いまれな友情に結ばれた国だという美しい物語が語られる」。その特殊性こそ、問題だと考える。「冷戦終結以降、アメリカは日本を収奪の対象としてしか見ていない。にもかかわらず、支配の構造を否認する日本人の特殊な心理構造が、支配を長引かせ、今日の閉塞(へいそく)状態をつくり出している」

 アメリカを頂点とする「戦後の国体」は、天皇中心の「戦前の国体」が再編されたものだというのが『国体論』の見立てだ。敗戦を機に「臣民を慈しむ天皇」は「日本を愛するアメリカ」に替わり、「国体」は「護持されたというよりもフルモデルチェンジした」。君臨するのが天皇であれ、アメリカであれ、国民が進んで身をゆだねる構造は変わらない。「民主主義の底の浅さにつながっている」

 同書は「戦前の国体」と「戦後の国体」が似た歩みを辿(たど)っていると指摘する。

 明治時代、天皇は絶対的な権威として君臨したが、大正時代には民主主義の潮流が高まり、存在感が薄れる。しかし、昭和に入ると国民は天皇を神格化し、無謀な戦争で「戦前の国体」は崩壊する。

 一方で戦後は冷戦体制のもと、戦勝国アメリカの庇護(ひご)を受けながら平和と繁栄を手にした。一九八〇年代には一時的にアメリカの経済さえしのぐ勢いを見せた。「そのあとは?っていうことなんです。冷戦終結で日本は属国である合理的な理由を失った。にもかかわらず、どうやって自立して生きていいのか見当がつかないまま、対米従属の構造が強まってしまった」

 その結果、「日本人はアイデンティティーを失い、欧米へのコンプレックスとアジアへの蔑視が残された。ヘイトスピーチのような形で排外主義が表面化したのが象徴的です」。

 『永続敗戦論』では、戦後日本の姿をこう書いた。

 <米国に対しては敗戦によって成立した従属構造を際限なく認めることによりそれを永続化させる。その代償行為として中国をはじめとするアジアに対しては敗北の事実を絶対に認めようとしない>

 この言葉から五年がたち「アジアの『蚊帳の外』に置かれている日本がいた」。

 厳しい現状認識を示しながら、「転換点を示唆する」と見るのが、天皇陛下が退位の意向をにじませた「お言葉」だ。国民統合の象徴としての役割が繰り返し語られたことに注目する。

 「アメリカを事実上の天皇と仰いでいて国民の統合が保たれるのか−そんな問いを突きつける、踏み込んだメッセージだと思った」

 「お言葉」以降の論壇の議論には物足りなさを感じている。「左派は、天皇が前面に出てくるのはよくないという話か、たまたま天皇がリベラルだから『反安倍』的な方向で一致できるというような話になっている。現代が『国難』の時代だと告げる、『お言葉』の尋常でない危機感を読み取ろうとする言説がない」

 こうした「お言葉」の評価は、研究者としての出発点がレーニンの再評価だったことを考えると意外に思える。「レーニンを褒めたら天皇は全否定しなければならないという決まりはない。歴史の進路を決める主体はつねに民衆です。『お言葉』は世の中を変えるきっかけとなる強度を有している」 (小佐野慧太)

 

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