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【土曜訪問】

死ぬまで「荒唐無稽」 想像力で現代と未来を描く 山田正紀さん(SF作家)

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 「僕は自己評価が低いんですよ。子どもの頃から不器用で、皆にできることができなかった。自分のことを、ばかだと思ってました。今でいう発達障害の一種だったのでしょう」。横浜市内の森林公園に隣接したマンションの一室。赤や黄の鮮やかな鉢植えを背に、SF作家山田正紀さん(68)が来し方を語ってくれた。

 日本にSFを根付かせた星新一さん、小松左京さん、筒井康隆さんらビッグネームの次を担った「SF第二世代」の代表的な作家だ。これまでに百を超える作品を発表し、日本SF作家クラブの会長も務めた。その実績に比べると、お人柄はかなり控えめなようだ。難解な専門用語が飛び交い、理論と空論が独創的なストーリーをつむぐSFの世界。そんな作品は自信満々で理知的な人にしか書けまい、と思っていただけに、冒頭の告白が意外だった。

 名古屋市昭和区で会社員の次男として生まれた。高校までは、マンガ家に憧れたごく普通の少年だった。一九六八年に上京して明治大に入学。当時、過激な学生運動でキャンパスがロックアウト(閉鎖)されており、図書館でひたすら本を読みあさった。世間知らずで就職活動にも出遅れ、気付けば引きこもり状態に。仕送りも止められた。「にっちもさっちもいかず、精神的にもうダメだってところまで追い詰められて。行動力なんてまるでないのに、無理やり動きました」。やけくその一念発起。大学を一年間休み、バックパッカーとして海を渡った。

 シベリア鉄道で旧ソ連を横断し、ヒッチハイクをしながらヨーロッパや中東を巡った。資金が尽きれば帰るつもりだった。でも、ドイツのユースホステルやイスラエルのキブツ(集団農場)で働き、旅がどんどん長くなった。貧乏で苦労が絶えなかったのに楽しかった。世界がつながっていること、自分が自由であることをあらためて知った。

 アフガニスタンに入ろうとした時に第三次印パ戦争が起き、国境が閉ざされた。イスラエルに取って返すと、日本赤軍によるテルアビブ空港乱射事件が起きた。学生運動に背を向けていたノンポリの青年が、時代のうねりを肌で感じた。「小さな個人と大きなものが、こうやって結び付くのか」。その発見が作家としての土台になった。

 帰国後も定職につかず、アルバイトで日銭を稼いだ。小説を書くのが楽しくなり、同人誌に投稿。やがて編集者の目に留まり、一九七四年、「SFマガジン」に載った『神狩り』でデビューした。以後は「平凡な自分自身のことは書くに値しない」と、想像力で勝負するエンターテインメント一筋。ミステリーや冒険小説でも高く評価された。ジャンルおかまいなしの書きぶりを「小説の暴走族だった」と振り返る。

 四十九歳、執筆中に急な腹痛に襲われ救急搬送された。日ごろの不摂生がたたっての大動脈解離。二週間生死の境をさまよった。ベッドの上では、ひたすら妄想と悪夢に襲われた。「『荒唐無稽』が自分の地金。死ぬまで今のままやり続けるしかないんだ」。容体が落ち着くや、そんな踏ん切りがついたという。

 昨年、久しぶりに書き下ろしの長編SF『ここから先は何もない』(河出書房新社)を発表した。地球から三億キロ離れた小惑星で発見された化石人骨の謎を追い、国家やハッカーが暗闘を繰り広げる内容。舞台設定には、SFの古典的名作『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン著)へのオマージュがにじむ。そこに加えたテーマのひとつが「シンギュラリティ」だ。人工知能が人間の知性を超えて社会に大きな変革をもたらすことを指し、近年話題になっている言葉。SF作家にとって、現代は食指が動く素材にあふれているという。

 ただ、SFは科学の進歩がもたらすディストピア(理想郷と真逆の世界)を描くことも多い。名作ほど、未来への不安を感じさせるものだ。科学の進歩についてどう思いますか? そう問うと、白髪の温和な顔に無垢(むく)な笑みが浮かんだ。「怖いというより、それを面白がる気持ちが強いです。長生きして、その先を見てみたい」 (岡村淳司)

 

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