東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 土曜訪問一覧 > 記事

ここから本文

【土曜訪問】

「ヒロシマ」じゃなくて 広島の日常をスナップ 3賞に輝く 藤岡亜弥さん(写真家)

写真

 原爆ドームを背景に、吹っ飛ぶ女の子たち。一度見たら忘れられない写真は、女子高生を中心にSNS(会員制交流サイト)で広まった「マカンコウサッポウ」という。漫画「ドラゴンボール」の殺人技をまねたトリック写真で、記念撮影がはやった。

 この場所ですることに「不謹慎だ」という人がいる。だが、これも今の広島の日常に違いない。写真は、そんな広島の過去と現在を一枚に収めて見える。

 撮ったのは藤岡亜弥さん(46)。広島の街をスナップした写真集『川はゆく』(赤々舎)で、写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛写真賞と、林忠彦賞、写真展で伊奈信男賞に輝いた。

 「広島のことを何も知らない自分に、広島を撮るなんてできないと思ってました」。原爆ドーム近くで待ち合わせた藤岡さんは話した。

 広島県呉市出身。幼いころから平和学習に触れて育ったが、被爆地である広島市は「山を越えた先の街」だった。日大芸術学部で写真を学び、卒業後は働きながら撮影を続けた。文化庁の研修制度を利用するなどして米国に滞在。二〇一三年に広島市で生活を始めた。

 「広島を知らない」と自覚していても、「カメラを持って歩くと、どうしても原爆の被害者としての広島を、片仮名のヒロシマを探していた。やっぱりずっと平和教育を受けてきた。でも、『そう撮らんといけん』という自分がすごく嫌だった」。政治的、社会的意味を帯びやすい広島への尻込みもあった。だから「日常をメモするつもり」で、気負わずにシャッターを切ることから始めたという。

 こうして、四年かけて撮影した作品群は、だからこそ被爆地広島の日常を映し出すことができたのかもしれない。土門拳さん、土田ヒロミさん、石内都さんら多くの人が広島を撮ってきたが、そのどれとも異なる。

 たとえば、平和記念式典の舞台裏で、不安げな少女を捉えた一枚は印象的だ。「構図も何もない。いらないものもいっぱい入っている」。だが、八月六日の広島を経験した人なら分かるだろう。被爆者、遺族、政治家、市民。おびただしい数のさまざまな人が集まって生まれる喧噪(けんそう)と、緊張感。あの独特の空気が、ここにある。「ヒロシマを撮ろうと思ったら撮れてなかった。何かを撮ろうと思って撮る写真は思ったものしか撮れない。でも写真には撮ってから見えてくるものがある」。別の言い方でこうも話す。「撮ってる時は必死よ。それが写真になるかどうかなんて分からんもん」

 デルタ地帯に築かれた広島は川の街。市街地でその流れは潮の満ち引きによって逆になることもあるという。広島に住んで初めて、川は一方通行という思い込みに気づいた。写真集のタイトルには自分の目で物事を確かめようという気持ちを込めた。

 「原爆という歴史と、現在を生きる人々のヴィヴィッドな姿を、その複雑さを押し潰(つぶ)さぬ繊細さで、時にユーモアを交えつつ、巧みに汲(く)み取っている」。木村賞の選考委員の平野啓一郎さんは「アサヒカメラ」誌上でそう講評した。

 最後に広島を理解できたか尋ねた。「知ることはできても、『写真撮ったからもう分かりました』なんて言えん。分からないなりに考えようとすること。取り組むってそういうことよ」。分からないから撮る。だからこんな写真集を編むことができたのだと思った。 (森本智之)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】