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【土曜訪問】

多面性に向き合って 日本と台湾つなぐ空港を舞台に新刊 温又柔さん(作家)

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 この人の作品を読むと、いつも言語について、国について考え込んでしまう。台湾で生まれ、三歳から日本で暮らす作家、温又柔(おんゆうじゅう)さん(38)。小説やエッセーを通じて「日本語は誰のものか」「日本人とは誰のことなのか」という問いを投げ掛け続けてきた。その最新作が、空港を舞台に東京と台湾を行き来する人々を描いた『空港時光』(河出書房新社)だ。刊行に合わせ話を聴いた。

 待ち合わせたのは、東京・浜松町の世界貿易センタービル。ちょうど関東で梅雨明けが宣言された当日だった。四十階の展望台から望む東京湾は青空の下で輝き、羽田空港が遠望できる。「前から一度上ってみたいと思っていたんです」と、温さんの声も弾む。

 羽田へ向かうモノレールを眼下に、温さんは幼少期の思い出を語る。「夏休みや旧正月は祖父母のいる台湾で過ごすんですが、空港に来ると妙にわくわくした気分になる。この高揚感は何なんだろうと、ずっと不思議に思っていました」

 台湾籍だが、考え、執筆するのは日本語だ。「あなたの本当のふるさとはどちらですか」と尋ねられることも多い。「正直選べないんです。どちらにも居場所があると思える時もあれば、どちらも完璧に自分の場所ではないという寂しさも抱えていて」

 だからこそ、どちらでもない場所、両者をつなぐ場所である空港になじみを覚えるのかもしれない。そう考えたことが執筆のきっかけになった。

 表題作は全十編の連作短編小説。登場人物はさまざまな事情を抱え、羽田から台北、あるいは反対方向の旅の途上にある。昔付き合っていた台湾出身の女性を忘れられずにいる日本人の青年(「出発」)。年老いた両親をあこがれの日本旅行に連れて行く台湾人男性(「親孝行」)。空港での何げないワンシーンから、それぞれの人生が鮮やかに浮かび上がる。

 「これまでは等身大の自分の視点からしか書いてこなかった。でも台湾はもっと複雑で豊かな対象。一つの視点だけでは多面性を伝え切れないと感じるようになったんです」

 確かに温さんの単行本デビュー作『来福の家』、芥川賞候補となった『真ん中の子どもたち』は、著者自身を思わせる女性が語り手だ。「私はどうしても日本育ちの台湾人という視点で両者の関係を見てしまう。私には引っ掛かる部分でも、“普通の日本人”なら見落としてしまうところを見つめ直す機会になった」

 例えば温さんが「引っ掛かる」のはこんな場面だ。「台湾を旅行中、お年寄りから日本語で話し掛けられて感動した、と言う人がいる。無邪気な反応ではありますが、そのお年寄りが日本語を話せるという事実が抱え込む歴史と、それに伴う痛みに対し、あまりに無防備ではないでしょうか」

 それは自分自身への問い掛けでもある。「決して外から日本人を批判しているわけではない。私も日本人としてそういう目で台湾を見ていないかという反省が常にある」。だから今回、日本統治下の台湾で日本語を学んだ祖父の視点からの物語(「百点満点」)を描けたことに、手応えを感じたという。「この本は、今後もっと台湾の多面性に向き合っていきたいという宣言書でもある」

 今、世界では移民文学が大きな潮流となっている。しかし日本では在日韓国・朝鮮人による「在日文学」を除けば、移民文学の存在感は薄い。「私のような境遇の人間が登場すると、自然にそれが小説のテーマになってしまうのが現状。本当はそれを背景に押しやって、当たり前の登場人物として描きたい」との思いが、温さんにはある。

 「だって(アジア系米作家の)ジュンパ・ラヒリも、イーユン・リーも、ずっとインド人や中国人の問題だけを書いているわけではないでしょう。私もそういう意味で、大きな作家に向かっていきたいです」

 そう言って笑みを浮かべた。名前の由来になったという「温柔(ウェンロウ)」(中国語で「優しい」)な笑顔だった。 (樋口薫)

 

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