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【土曜訪問】

現実を異化し詩的に 17年ぶりに新歌集を刊行 穂村弘さん(歌人)

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 平成の歌壇をリードしてきた歌人の穂村弘さん(56)が、歌集『水中翼船炎上中』(講談社)を刊行した。前作の『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(小学館)以来、十七年ぶりの新歌集だ。

 「歌集って緊張する。今までにつくった全ての歌の順列組み合わせで、最高の形にするみたいなのが僕のつくりかた。それを可能にする強いモチーフが、なかなか見つからなかった」

 四半世紀をかけて詠んだ数千首の中から、三百二十八首を選んで収めた。見つけたテーマの一つは「時間」だ。「今までの僕の歌集って青春みたいな『永遠』だけがあって、『時間』はなかった。一番きらきらしたところでストップしてる。それを反転させたら一冊できるんじゃないかって」

 <子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」>と歌うデビュー作『シンジケート』(沖積舎)から、都会を舞台とする青春や恋愛を詠み続けてきた。<目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき>。少女に憑依(ひょうい)されたかのような作風で波紋を広げた前作も「若い女性の感受性を借りて、むりやり青春を延長してる」。

 今回の歌集には青春時代の歌はみられない。現代の情景とともに、どこか懐かしい少年時代が歌われる。

<ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵(こたつ)のなかの火星探検>

 二〇〇五年に母を亡くした。その頃から、少年期を書く歌が増えたという。「過去みたいなものへの関心が出てきた」とも振り返る。かつて暮らした街を父と一緒に訪れたり、先祖の足跡を追ったりした。

<リニアモーターカーの飛び込み第一号を狙ってその朝までは生きろ>

 「生きろ」と呼びかけつつ、どこか暗さが漂う。「僕たちが新幹線を歓迎したときの気持ちと、リニアを歓迎しようとしている気持ちは、すごく違うと思う」

<おいしいわいいわかるいわすてきだわマーガリンを褒めるママたち>

<意味まるでわからないままぱしぱしとお醤油(しょうゆ)に振りかける味の素>

 かつて喜ばれた加工食品や化学調味料も、今では敬遠されがちだ。「小(しょう)がそういうものだとしたら、大(だい)は原発だよね。この本は、無条件に科学がバラ色だった時代と、それが反転してディストピアになった現在の対比みたいな部分がある」

<天皇は死んでゆきたりさいごまで贔屓(ひいき)の力士をあかすことなく>

 昭和天皇を詠んだ歌だ。「お相撲さんの名前なんて問題ないと思うけど、昭和天皇には言えないことがいっぱいあった。それは、本当は戦争とか、歴史のこと」。これまでほとんど使わなかった「日の丸」「富士山」といった、日本を象徴する言葉もよく出てくる。「今回、時間が発生しただけじゃなくて、はっきりと場所が発生した」と話す。

 「みんな、時間や空間に縛られているっていうのは当たり前の感覚だよね。でも、僕はそれをものすごく遅れて知った。とても恵まれた人だけが、そんな錯覚をするんだと思う」

 ただ、「永遠」への憧れは消えない。「現実の物理法則に従っていくことに、絶望みたいなものがある」。その上で「短歌の『異化』が、自分にとっての永遠化みたいなもの」と話す。日常の言葉を離れた、美しさやおかしみを持った言葉でものごとを表現することを「異化」と呼ぶ。

<鬼太郎の目玉おやじが真夜中にさまよっているピアノの上を>

 『ゲゲゲの鬼太郎』の「目玉おやじ」に、自身の父親を投影した。「鬼太郎と寝てたのに一人でさまよいだしちゃって、ピアノの上を歩くたびポロン、ポロンって」。高齢者の徘徊(はいかい)という重い現実が、「目玉おやじ」を登場させる異化の効果で、詩的な光景に変わる。「父が老いていくことを止めることは現実にはできないんだけど、短歌でそれに抗(あらが)いたい、みたいな」

 「永遠」への憧れは、短歌という詩形そのものに託す。「『詠み人知らず』といって、千年も前の誰か分からない人の歌が時空を漂うように残ってる。それは永遠なんじゃないの? ってイメージがあるんだよ」 (小佐野慧太)

 

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