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【土曜訪問】

戦争体験を次世代に 著作600作超 今、書きたいものは… 西村京太郎さん(作家)

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 鉄道トラベルミステリーの代名詞的存在である作家西村京太郎さん(88)は、著作が今年、六百作を超えた。累計発行部数は二億部を超え、目下の目標は、高さ六百三十四メートルの東京スカイツリーを超える六百三十五作。今も快調に新作を重ねる中で、近年は、積極的に戦争に触れている。創作への思いを聞こうと、神奈川県湯河原町を訪ねた。

 西村さんは二十年ほど前、病気の温泉療養を機に、同町に移り住んだ。町内には、自身の著作を集めた記念館も建ち、毎週日曜には、顔を出している。途切れないファンに一組ずつ「どこから来たの」と尋ね、その土地の思い出話に花を咲かせる。本にサインをして記念写真に納まる。

 主人公の「十津川(とつがわ)警部」が各地の事件を解決するシリーズは、テレビの二時間ドラマでもおなじみ。十二社から年に一冊ずつ出す多作ぶりに驚くと「締め切りが決まってるから、書かなきゃしょうがないよなあ」と屈託がない。毎年秋に翌年の構想を練り、年が明けるとまとめて取材旅行に出掛ける。原稿は毎日、深夜に書きためていく。

 話しながら、買い集めた鉄道のおもちゃを見せてくれた。説明に、鉄道を通して時代を見つめてきた視線が垣間見える。九州から北海道まで新幹線網が発達して便利になった代わりに、数々の時間差トリックを生んだ夜行や鈍行はなくなっていく。車掌に「死体を隠せるような場所はありますか」と聞いても気さくに答えてくれるような、時間がかかるからこそ生まれる交流の面白さが、失われつつあるのが寂しいと言う。「旅が立派になりすぎた」とぽつりとこぼした。

 実は、根っからの鉄道好きではなく「海の方が好きだった」。二十九歳で臨時人事委員会(後の人事院)職員を辞め、一九六三年にオール読物推理小説新人賞でデビュー。当初は社会派作品が多かったが、十年以上ヒット作に恵まれなかった。

 とうとう編集者に「今後は先に何を書きたいか話してください。書いていいかはこちらで判断します」と宣告された。ネタを探し歩いた東京駅で出合ったのが、当時ブームだったブルートレイン。本当に書きたくて提案した別の案は「売れない」と却下され、鉄道の案が通ってしまった。あまり興味が持てないまま書いた『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』(七八年)は大当たりした。

 以来四十年、鉄道ミステリーを世に送り続けてきた。「編集者の目は確かだったけど、鉄道しか書かせてもらえなくなっちゃって」。他の題材を書こうにも「他社でお願いします」と言われてしまうそうだ。幕末を舞台にした時代小説や、十津川警部のルーツを書く意欲を語る中、九十歳を目前に書きたいものを尋ねると、真っ先に「戦争」を挙げた。

 十四歳の時、東京陸軍幼年学校で終戦を迎えた。以前は、上の世代と違って実際の戦闘経験がないことに気が引けていた。だが近年、若い編集者が米軍爆撃機B29を知らないことにがくぜんとした。気が付けば上の世代もどんどん亡くなっていく。「次の世代につなぎたい」と思うようになった。

 多様なとらえ方がある戦争は「面白おかしく書くわけにいかない題材だが、面白くなければ読まれない」難しさがある。戦後時間がたっていることもあり、資料集めも難航しているという。「どう書けばいいのかもまだ分からない」が、書きたい思いはやまず、昨年、自身の戦争体験や半生、戦争観をつづった新書『十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」』を刊行した。

 戦闘経験こそなくても「武器は手に持っていたら、使いたくなる」という実感なら語れる。「どんな威力か、引き金を引いて確かめてみたくなる。男の子って、そういう生き物です」。兵隊の気持ちはいつの時代も変わらないと確信する。「あの気持ちが怖い」。当時の子どもの偽らざる感覚が、真に迫ってきた。

 私がSLのおもちゃを面白がって見ていたら「持って帰りなよ」と、くださった。帰り際、玄関まで出て片手を挙げ「じゃあね」と見送ってくれた。 (松崎晃子)

 

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