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【土曜訪問】

あなたの隣に芸術家 市井から卓越した表現者発掘 櫛野展正さん(アウトサイダー・キュレーター)

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 「ごみ屋敷の主が、海外で芸術家として評価されることだってあります。隣に住む人が、実はアーティストかもしれない」

 櫛野展正(くしののぶまさ)さん(42)にそう言われて、はっとした。確かに、いる。自宅をお城に改造する人。奇抜なオブジェを作りまくる人…。いわゆる、街の奇人変人。他者の評価など気にせず、黙々と自分なりの「アート」に没頭する。既成概念を覆す、そんな「アウトサイダー・アーティスト」を発掘し、社会に発信する。それが櫛野さんの仕事だ。

 二〇一六年、広島県福山市にギャラリー「クシノテラス」をオープンした。これまで全国で約三百人を取材し、『アウトサイドで生きている』『アウトサイド・ジャパン』の著書を出した。

 福山市生まれ。倒れるほどの猛勉強で中学受験に合格した後は「燃え尽き状態」に。転機は大学時代に訪れた。授業で行った重度障害者施設のボランティアで、健常者とは別の価値観で動く世界に魅力を覚え、そのまま施設に就職した。「障害者が能動的に動けるのはアートだ」と思い立ち、休みに各地の施設や団体を訪ね、支援のノウハウを学んだ。やがてサポートした人の作品が海外の展覧会に出るまでに。そのころ世間でも障害者アートは「アール・ブリュット」として知名度が急上昇した。

 ところが櫛野さんは、気付いた。障害者だけしか独自の芸術をやれないの? 地域にだって、たくさんいるじゃないか。見回せば、「怪しい」と近隣から通報されようが、「表現をしなければ死んでしまう」とばかりに創作を止められない人々がいた。

 六年前から、全国各地で取材を始めた。その一人は群馬県板倉町の稲村米治(よねじ)さん(取材時九十六歳、二〇一七年に死去)。二万匹を超える昆虫の死骸を使って、高さ約一・八メートルの「千手観音像」を完成させた。

 昆虫を使う造形作家としては、ベルギーの現代芸術家ヤン・ファーブルが国際的に知られる。櫛野さんは「米治さんの発案はそれより先だった。しかも、カブトムシやクワガタなどの自然な姿を生かして造形した。むしろ美術的価値はこちらの方が高いかもしれない」と評価する。

 家族にあきれられながら米治さんが寝食を忘れて制作に没頭したのは、東京の鉄道会社に勤めていた四十代の十年ほど。「戦争体験があった米治さんは、大勢の戦死を見たと思う。観音像作りは供養だったのかも」と想像する。

 「やむにやまれぬ表現というのは、人生の負の部分をはねのけようとする動機から生まれるのだと思う」

 ある路上生活の男性は、荒れた河川敷の草刈りを自発的に始めた。アニメキャラクターの絵などが浮かび上がるよう工夫し、見学者に喜ばれるように。櫛野さんが話を聞くと「何か自分のできることで貢献したいと思うてね」とはにかんだ。

 「みんな自分がやりたいことをやっているから、人生に後悔がない。幸せってそういうことかなと」

 近年は文化芸術活動推進法が成立し、障害者アートは国レベルで支援が盛り上がる。櫛野さんはアンテナを張り、その枠から取りこぼされた市井の表現者を探し出す。「みなさんの生き方や作品に魅了されている。これぞ美術の王道だと思うし、美術史を丸ごとひっくり返す可能性だってある。印象派だって発表当初はごみくず扱いだった」

 櫛野さんの発信で、見学者と交流して生きがいを見いだしたり、メディアの取材を受けて喜ぶ人もいる。「社会と断絶した人が、再びつながりを取り戻す伴走者にもなりたい」。そんな使命感で、奔走する日々が続く。 (出田阿生)

 *「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン」展が四月十二日〜五月十九日、東京都文京区の東京ドームシティ内「ギャラリー アーモ」で開催。問い合わせは電03・5800・9999。

稲村米治さんと5000匹の昆虫で作った新田義貞像(左)=櫛野さん提供

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