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【考える広場】

日韓のトゲ 慰安婦問題 山本勇二論説委員が聞く

 旧日本軍の慰安婦問題は日韓双方に刺さったトゲのようです。日本の謝罪、償いの在り方だけでなく、軍人の性の相手をさせられた女性たちの境遇や、慰安婦制度の実像についても論争があります。『帝国の慰安婦−植民地支配と記憶の闘い』の著者である韓国・世宗大の朴裕河教授にソウルで聞きました。

◆偏った情報正したい

朴裕河さん

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 山本 著書『帝国の慰安婦』をめぐる名誉毀損(きそん)の刑事訴訟で、韓国の一審では一月に無罪判決が出ました。学問、表現の自由が守られたと、日韓両国で関心が集まりました。

 朴 韓国と日本の研究者やジャーナリストたちが表現の自由を守れと、声明を出してくれたことが支えになりました。

 裁判官は慰安婦問題について、訴訟ではなく、学問の場や社会の議論で対応すべきだと判断してくれました。でも、検察の取り調べはひどくて、ずっと犯罪者扱いでした。元慰安婦たちの証言や資料をめぐる表現だけではなく、日本に法的責任を問うのは難しいと書いたことを、繰り返し追及されました。

 山本 『帝国の慰安婦』の日本語版は、日本では関心が薄れていた慰安婦問題にもう一度光を当てました。ところが先に出版した韓国語版は、元慰安婦の名誉を傷つけた、日本の保守、右翼の主張を擁護したと、厳しく批判されました。

 朴 韓国では慰安婦は皆、普通の少女が日本軍に強制的に連行され、海外の慰安所で兵士の相手をさせられたという像が出来上がっていた。日本では、慰安婦とは自発的に募集に応じた売春婦であり、高い給金ももらっていたという意見が公然と話されるようになった。両方の極論に挟まれて、全体像が見えなくなっていたので、『和解のために』に続く本を書こうと決めました。

 山本 『帝国の慰安婦』を私はこのように読みました。

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 日本帝国主義によって、植民地であった朝鮮の女性たちが、やはり帝国によって動員された日本人兵士と共に移動させられる姿が描かれます。慰安婦とは、日本がまず自国の女性に強要し、植民地の女性はその代替にされたとの分析です。

 さらに日本だけでなく、封建的で貧しかった朝鮮の社会では娘の身売りがあった。慰安婦の女性たちは日本兵の身の回りの世話をしたり「愛国者」としての役割も負わされたという記述は、胸に刺さるものでした。

 朴 私が目指したのは、日本の帝国主義と植民地という大きな構図の中で、慰安婦問題を描くことでした。韓国人慰安婦たちの境遇と経験は多様なものだった。韓国の支援団体が主張するような、少女を強制連行したという画一的な見方では、本当の姿は見えてこないと、問題を提起したつもりです。

 韓国では、全体を読まずに、慰安婦の募集は民間の業者が多く、軍人による強制連行は例外的だったという表現などを取り上げて糾弾されました。日本の研究者や在日韓国人からの厳しい批判もありましたよ。

 私は「本人の意思に反して慰安所に連れて行かれ、痛ましい経験をした慰安婦に対して、日本は責任を免れない」と書きましたし、日韓双方に解決を促したつもりです。

 慰安婦問題では、偏った情報を正していかなくてはなりません。「事実」といっても、研究の進展によって細部は変わるものですが、時間がかかっても、全体像をめぐって両国民が合意できる接点を見いだす努力が必要です。そのためには偏見や独断を持たない姿勢が求められます。

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 山本 『帝国の慰安婦』は日本の戦争文学や戦時の報道、軍人の証言集まで幅広く資料を読み込んだことで、日本の読者が関心を持ったと評価したい。

 朴 元慰安婦たちの証言が最も大切だと、私も考えます。これまで外には聞こえてこなかった当事者の声に、耳を傾けようとしました。どんな時代で、どういった境遇にあったのかを知るには、同時代の戦争文学や報道記事が参考になります。文学作品は、慰安婦とされた女性たちの本当の苦しみや悲しさを知る手掛かりにもなります。

 山本 慰安婦問題に関する日韓合意をどう評価しますか。日本政府の拠出金を基にして支援金が準備され、元慰安婦の七割余が受け取るか、その意向を示しました。平均年齢は既に九十歳前後であり、合意の履行こそ最も有効で、現実的な解決策だと思いますが。日本大使館前などに置かれた少女像も、日本側の反発を強めています。

 朴 被害者に償いと癒やしを伝えたいという、日韓合意の考え方そのものは評価します。被害女性が高齢で時間がないのも確かです。しかし、両政府は妥結を急ぎすぎました。韓国政府は挺身(ていしん)隊問題対策協議会など支援団体には事前に説明したが、多くの国民は突然、合意内容をニュースで知ったのです。

 日韓合意をすぐにどうこうするより、日韓の研究者や関係者が一度、原点に戻って、この四半世紀の運動や研究の在り方を見直す必要があります。具体的には慰安婦問題をめぐる最新の論点を明らかにしつつ、公に議論し合うことが重要です。

 特に韓国では、集会に参加する元慰安婦や支援団体の意見が主流になり、異なる考えは当事者さえも黙殺されるか攻撃されるのです。しかし、慰安婦問題をめぐる認識や日韓合意について別の見解を持つ人は、少数ながらいます。本当に解決を望むなら、異なる見解を持つ人たちが集まり、共に議論する場を設けるのが急務でしょう。

 少女像について、運動や運動家を記念するものであり、朝鮮人慰安婦の本当の悲しみは表現できない、と書いたのですが、厳しく非難されました。少女像は抵抗と闘争のシンボルになっています。日本側は撤去を要求しますが、韓国国民が納得しないので、今の状態では撤去はよい解決策にはなりません。

 山本 朴さんは従軍慰安婦を日本の植民地支配、帝国主義下の問題として捉えましたが、各国の有識者や市民団体には、もっと広く、時代と国境を超えた戦時下の性暴力、女性の人権の問題として考えようという指摘がありますが…。

 朴 慰安婦問題に焦点が当たったのは一九九〇年代。旧ユーゴスラビア紛争で深刻なレイプ、民族浄化が起きたころでした。韓国の支援団体の活動が紛争地の性暴力への対応に、影響を与えたのは確かでしょう。

 私は慰安婦問題でずっと戦時下の性暴力のこと、人権と平和の問題を考えてきました。マイノリティーやジェンダーからの視点も必要だと思うので、今後の著作に生かしていきたい。

 山本 これからの活動は?

 朴 名誉毀損の刑事裁判の間は、外部への発言を控えていました。民事訴訟も抱えて心身共に疲れてはいますが、一審が無罪になり少し落ち着いたので、これまでに受けた批判に対する反論を本にまとめたい。日本語でも読めるホームページ(「parkyuha.org」で検索)も再開するつもりです。

 <パク・ユハ> 1957年、ソウル生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士課程修了。韓国・世宗大国際学部教授。夏目漱石、大江健三郎らの作品を翻訳しているほか、日韓関係の著作に『和解のために−教科書・慰安婦・靖国・独島』(平凡社)、『帝国の慰安婦−植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版)など。

 <従軍慰安婦問題> 日本政府は1965年の日韓請求権協定で法的に「解決済み」としている。追及の動きが出た90年代、日本側は民間募金も加えた「アジア女性基金」を設立したが、償い金の受給者は3割弱。2015年12月、日本政府が10億円を拠出し、韓国側の「和解・癒やし財団」を通じて、被害女性に金銭を支給することなどで合意したが、韓国世論では反対が根強い。 

 

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