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【考える広場】

刑務所から見るニッポン 佐藤直子・論説委員が聞く

 刑務所の内側を想像したことがありますか。映画や小説に出てくるような残忍な受刑者はむしろ少なく、そこで刑に服しているのは、貧困のために無銭飲食や万引などの軽微な犯罪を繰り返す私たちの「隣人」が大半です。高齢の受刑者が急増し、心身の障害で働けない者も多い。出所しても家も仕事もないような人たちの再犯をどのように防ぐのか。元法務省官僚の法学者、浜井浩一さん(57)と一緒に考えます。

◆「隣人」の更生 支援を 龍谷大法学部教授・浜井浩一さん

浜井浩一さん

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 佐藤 出所しても社会になじめず十年以内に刑務所に戻っていく再犯率が二〇一五年は五割近くになりました。政府が再犯防止に本格的に取り組もうとしたきっかけは、心身にハンディがある人や介護が必要な高齢者が、刑務所にあふれている実態が明らかになったことです。

 浜井 政策秘書の給与を詐取した罪で服役した山本譲司さんが〇三年に出版した「獄窓記」の衝撃が大きかったですね。触法障害者の世話を任された山本さんは、生活に困った人が小さな罪を重ねては刑務所と社会を行き来していることを訴えた。

 佐藤 浜井さんが研究者に転身した原点も、そんな刑務所での勤務経験にあるそうですね。

 浜井 犯罪白書を作っていた法務総合研究所から二〇〇〇年に横浜刑務所に異動し、受刑者の作業を割り振る責任者になりました。当時、刑務所はどこも過剰収容が続いて受刑者で満杯なのに、作業場は人手不足。認知症の人や体が不自由で介護が必要な人など、みんなどこかにハンディがあったからです。

 変だと思いましたよ。地下鉄サリン事件の衝撃で「安全と水はただではなくなった」といわれるようになり、警察も法務省も学者も「治安が悪化したから刑務所は満杯」と信じていた。なのに目の前に治安を悪化させたと思える人がいない。

 佐藤 昨年は相模原市の障害者施設で大量殺傷事件、最近では自殺志願者らを狙った連続殺人と目される事件が発生。大事件が起きると一気に体感治安が低下します。刑務所には“凶悪犯”のイメージが重なるのですが、違うということですか。

 浜井 一九九〇年代後半から刑事司法全体に厳罰化が進んだのです。重大事件の被害者や遺族から厳罰を求める声が強まった影響でしょう。検察の起訴・求刑基準が上がり、厳罰化は軽い罪を繰り返す人にも影響した。刑務所が満杯だったのも厳罰化のためです。新規受刑者に占める高齢者の割合が増え始め=グラフ参照=刑務所で亡くなる高齢者が増えるのもこの時期からです。

 佐藤 浜井さんが言う「刑罰の逆進性」を象徴した現象ですね。高齢者だけではない。東北地方で取材した方には知的障害がありましたが、親から養育放棄されて幼い時から寺のさい銭や食べ物を盗んでいた。障害者手帳もない。私が会った時は出所して求職中でしたが、また万引をして服役したと手紙が届いた。社会に居場所のない人は罪を重ねてより重い刑に服していくしかないのでしょうか。

 浜井 刑事司法と福祉をつなぐ国の研究が始まったのは〇六年。受刑者の四人に一人が知能指数(IQ)七〇未満、三割の再犯者が六割の犯罪を起こしていることが分かり、再犯防止策が必要だといわれるようになりました。今は一律的な厳罰化傾向は緩み、検察も障害者や高齢者の万引などには起訴猶予を模索するようになってきた。司法関係者でも身内に障害者がいる人は厳罰化に懐疑的です。

 今、投票年齢の引き下げに伴い、少年法の適用も十八歳まで引き下げるという議論が進んでいますが、少年犯罪の審判を刑事手続きへ移行させるのは、現実を無視した愚かな行為です。実は、日本の少年司法は世界的に見てもうまく機能していて、少年非行がそのまま成人の犯罪に移行する例は少ない。早期のケアで非行の芽を摘むおせっかいな少年法が機能しているからです。それに比べて成人は罰するだけだから再犯率が高い。犯罪全体が減っているのに出所者の再犯率が五割とは異常です。福祉の網からこぼれがちな人に目を向けないと。

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 佐藤 日本の刑務所は異質ですね。受刑者は刑務官の指示で動くだけで人間的な交流や関係を築く場になっていない。社会復帰を難しくしませんか。

 浜井 日本は刑罰の場だから異質なのが当然なんです。イタリア・ミラノのボッラーテ刑務所の実践はユニークですよ。可能な限り刑務所を社会環境に近づけ、受刑者に自律的な生活を認める。百人以上の民間ボランティアが受刑者と一緒に社会的企業をつくり、配食サービスやコールセンター、地域に開いたレストランなどを運営する。受刑者の一部は外に通勤もする。

 佐藤 どうしてそんな思い切ったことができるのですか。

 浜井 イタリアの憲法は刑罰の目的は更生だと定めています。受刑者の労働も求人して面接し、働けば賃金が支払われる。

 佐藤 社会のルールを刑務所の中にもつなげたのですね。日本の作業は懲らしめで出所時に渡される報奨金もわずかです。

 浜井 イタリアの刑務所も昔は日本のようでしたが、ボッラーテ刑務所は受刑者が市民と交わることで社会復帰を目指した。効果はこの刑務所を出た人の再犯率が平均の半分以下の18%まで激減したことに表れている。十年かけたこの改革はイタリアでも少数派ですが、更生支援を考えるヒントになる。

 佐藤 イタリアでは七八年成立の「精神保健法(通称・バザーリア法)」で精神病院を廃絶し、地域で心病む人の回復に取り組むようになりました。ボッラーテ刑務所の実践も地続きに思えます。罪を犯した人へのまなざしを考えさせられます。

 浜井 バザーリア改革の成功体験は大きいでしょう。私も学生の時は犯罪者を「異質な人」と見ていた。でも出会った受刑者や非行少年は違った。罪は罪として、私だって生まれ育った境遇が違っていたら…。「刑務所に戻りたかった」と再犯する老人を大勢見ましたが、刑務所を彼らの最後の「居場所」にしてはいけない。イタリアでは判決後に別の裁判手続きがあり、裁判官と医師、社会福祉士が刑の執行方法を協議し、在宅でボランティアをさせたりします。

 佐藤 日本も再犯防止推進法が作られました。

 浜井 理念法(ある事柄の理念を定め、罰則などは規定していない法律)でも、国や自治体が再犯防止に責務を負うとした意義はある。バザーリア改革も長い時間をかけた。日本の意識転換もこれからでしょう。

 佐藤 浜井さんは再犯防止のためには「刑罰よりも福祉」だと訴えてこられた。大切なのは日本が今後、どちらの方向に向かっていくのかだと思います。

 浜井 刑事司法にかかわる人たちに「障害」への視点を持ってほしいのです。法務省の調査では、六十五歳以上の受刑者のうち、認知症の人の割合が、同年代の国民全体の推計値よりも高い。これをどう考えるのか。

 発達犯罪学の立場では、犯罪のピークは二十歳前後。年代が上がるにつれ犯罪はしなくなるものなのに、刑務所に高齢者が多数いること自体、原則に反する。日本社会や刑罰のどこかに問題があるということです。

 罪を犯して服役した人もいつか社会に戻る。刑を終えて人知れず地域に帰る人に何ができるのか。法曹関係者は自らの役割を考え直し、専門でない人も「何かできないか」と思うだけでいい。わが事とする想像力が居場所をなくした人々の更生を支えるのではないでしょうか。

 <はまい・こういち> 1960年、愛知県生まれ。早稲田大で心理学を学び、法務省に入省。刑務所や保護観察所で勤務。国連犯罪司法研究所や法務総合研究所の研究官も務める。龍谷大では矯正・保護総合センター研究委員長も歴任。専門は刑事政策、犯罪学、統計学。著書は『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』『犯罪をどう防ぐか』など。

 <再犯防止推進法> 議員立法として衆参両院の全会一致で昨年12月に成立した。罪を犯した者の排除や孤立をさせず、再び社会の一員となれるように支援して、犯罪が繰り返されず新たな被害者を生まない社会を目指す。その実現に責務を負う国と自治体は民間グループや地域と連携して仕事や住居の確保、医療福祉の支援を行う。法務省は計画を本年中にまとめる予定だ。

 

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