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【考える広場】

新卒一括採用ってどうよ

 来春卒業者の就職活動(就活)は、三月の企業エントリーから本格化する。日本独自といわれる新卒一括採用への意見を三人に聞いた。聞き手には、現役の大学生にも加わってもらった。

 <新卒一括採用> 管理職や事務職の採用方法として、明治時代に始まったとされる。真っさらな新卒者を一度に採用し、企業内で教育していく。「教育コストの軽減」「同期社員同士の競争力上昇」などのメリットや、「在学中からの就活で学業がおろそかに」「やり直しがききにくい」といったデメリットが指摘されている。

◆社員教育・待遇改善を 小説家・羽田圭介さん

羽田圭介さん

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 高校三年で小説家デビューして、生涯の職業はこれだと思っていました。でも、大学三年の秋、周りがはやり物みたいに就活と言い始めて。「何か祭りみてえだな。じゃあちょっとやってみるか」と就活をしました。

 就活して良かったのは、普通では行けない所に行けたことぐらい。「人生経験になる」なんて構えすぎだなと思います。就活って、やってることはただの事務的な単純作業だし、そんなに忙しくないと思いますが、心の中での就活がそれと乖離(かいり)してでかくなりすぎている。

 人生経験がない学生がそう思うのは分かります。学校教育だったら、やればやっただけ評価されたのに、就職では勉強とは違う評価が加わってくる。容姿とかね。そして、それを受け入れるしかない。それはこれまでの人生とは大きく違う。もう少し、じっくり自分を評価してほしいと思いますよね。

 それでいうと、海外では通年採用なので、学生は卒業してからでもやりたいことを見つけて、インターンをしてそのまま採用という理想の形。そういうことができない日本の一括採用への批判はうなずけます。

 ただ、日本の方式にもいいところはある。多くの学生は就職しないと、やりたいことが分からないでしょう。だから、とりあえず定職に就かせる。就職した方も働きながらスキルが磨けて次を目指せる。いったん就職すると転職する気をなくしちゃう人が多いですけどね。

 日本人は自己紹介で会社の名前を言うけど、職種や特技は言いません。つまり、これという職能がない。どうしてそうなるかといえば、日本の企業は社員に転職させないかのようにいろいろと転々とさせて専門性を持たせないようにしているから。よそでは通じない独特のルールを作って。社内で育てるといっても、よそに転職されない程度の育て方です。だから、転職も簡単にできないし、スペシャリストとして成長しようという気も起きない。

 採用方法を考えると、就活生のため改善するよりも、今、中にいる人の待遇を変える方が先。転職できるぐらいの社員を育てつつ、内部留保を吐き出して能力ある人にそれだけ給料を払うようになればいい。そうすればおのずと採用方法も変わると思います。

 (聞き手・八木友香、小田智瑛(ちあき)=ともに南山大三年)

 <はだ・けいすけ> 1985年、東京都生まれ。明治大卒。高校生だった2003年、「黒冷水」で文芸賞。15年、「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞。近著は『成功者K』(河出書房新社)。

◆やめればマイナス大 労働経済学者、前慶応義塾長・清家篤さん

清家篤さん

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 新卒一括採用は、重化学工業化を進めた戦前期、産業の高度化に対応できる人材を育てるために、企業内で教育訓練を行う仕組みと一体で誕生しました。教育訓練費用を回収するためには長く勤めてもらう必要があるので、長く勤めるほど賃金が上がる年功賃金も普及しました。

 新卒一括採用の効用は多面にわたります。企業にとっては、年次管理がしやすく効率的な能力開発を行えますし、社員の帰属意識も強くなります。個人にとっては、仕事をする上での能力をしっかりと身に付けられ、生活設計も立てやすくなる。社会にとっても、若者の失業率が低いことで社会的、政治的な安定につながります。

 もちろん一括採用にも問題はあります。一発勝負なので、卒業の時に就職に失敗すると正社員のルートから外れてしまう。就職できても、その仕事が自分の適職とは限らない。そこで一括採用をやめたらという意見もありますが、それは早計です。

 何ごともプラスとマイナスです。福沢諭吉は主著『文明論之概略』で、すべてのものは軽重大小のように相対的であり、大切なのは、その軽重大小を判断する「公智」だと言っています。一括採用の場合、明らかにプラスの方が大きい。マイナス面は修正可能ですが、プラス面は一度失ったら取り返しがつかない。パンドラの箱を開けることになる。公智に照らして言えば、一括採用は守るべきです。

 やめたら、どうなるか。欧州のように空きができたら募集する仕組みになれば、若者は空きを待つことになる上に、企業は経験者を優先するので若者は後回しにされます。能力開発の機会は減少し、失業率も上昇するので、社会全体の成長や安定を大きく損なうでしょう。

 日本経済のパフォーマンスが良いときは日本的雇用制度万能のように言っていたのが、悪くなると日本の雇用制度は世界標準と違っているので変えよ、というのはあまりに短絡的です。創造性のある人、才能のとがった人は必要ですが、そのために今までの教育や企業内訓練のありかたを百八十度変えなければならないということはない。しっかりと勉強し、組織の中でまじめに仕事をすることはどんな時代にも大切です。そういうものがあって初めて、才能やクリエーティブな能力も花開く、ということも忘れてはなりません。

 (聞き手・大森雅弥)

 <せいけ・あつし> 1954年、東京都生まれ。昨年5月まで慶応義塾長。国際労働機関(ILO)仕事の未来世界委員会委員などを兼務。『雇用再生』『労働経済』、共著の『高齢者就業の経済学』など著書多数。

◆転職に挑戦する時代 人材サービス企業管理職・川口かおりさん

川口かおりさん

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 新卒一括採用は、企業側の論理で実施されてきました。企業が新入社員を教育し、一生面倒をみる終身雇用制度が前提だったからです。ところが近年は働く人が減り、優秀な若者を確保するには新卒一括採用だけでは間に合わなくなりました。

 そのため通年採用も増えましたが、対象は新卒か卒業後一年程度が多い。そうなると、二十代前半の人でも通常の転職の扱いになります。若い人が仕事を変えようとしたとき、新卒扱いで「やり直す」ことができるかというと難しい気がします。

 私たちの会社は「ビジネスSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」として、企業と働く人を結ぶお手伝いをしています。昔からの縁故採用を、ウェブサービスでやっているといえば近いでしょうか。旧来の人間関係よりも、より速く、より広く情報を拡散できます。

 現状では、就職先を選ぶ判断材料は企業のPR情報と、「大手なら安心」といった社会的な常識くらいしかない。そうなると実際に就職して「こんなはずではなかった」とミスマッチが起きます。私たちのサービスでは、興味を持った企業を気軽に訪問できます。実際に現場に行けば、その会社の「本音」を知るきっかけになりますので。

 今、有効求人倍率は高水準にあり、転職市場は活況です。企業には転職を決断していない優秀な人材にも声をかける手法として活用してもらっています。

 日本経済は低成長期を迎え、ほとんどの会社が変革を求められています。ただ、変革に必要な人材が求められる流れは変わらないのに、企業もリスクをとることを恐れ、働く人も思考停止してしまっているように感じます。優秀な人材というのは、自分の頭で考え、意見を言い、他人と意見が違っていても恐れない人。多様な価値観を認めることも必要です。ところが採用の現場を見ていると、企業は「わが社の姿勢に合わせてほしい」といい、働く側も応じることがまだまだ多いようです。

 日本型の雇用制度の長所もありますし、なんでも欧米型にすればいいわけではない。ただ、自分に合わないと思ったら新しい仕事に挑戦する、そういう時代を迎えていると思います。企業側と働く側の主張のせめぎ合いは当分続くでしょう。でも確実に働き方は変化し、採用の形も変わっていくと思います。

 (聞き手・出田阿生)

 <かわぐち・かおり> 1979年、愛知県生まれ。ウォンテッドリー株式会社ゼネラルマネジャー。リクルートキャリア社での人材紹介の営業やマネジャーなどを経てビジネスチーム全体を統括する現職。

 

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