東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 一首のものがたり一覧 > 記事

ここから本文

【一首のものがたり】

民族には何も差がない

歌集『游魚』を手に満州建国大の思い出を語る佐藤善二(左)。右は当時の建大生。背景は満州国旗と日の丸がはためく建大の正門(『建国大学九期生』より)

写真

◆はるばると五族協和の夢抱き

満洲にゆきし若き日のこと 佐藤善二

 中国・大連で船を下り、満鉄(南満州鉄道)で東北へ七百キロ余り走ると、満州国(現中国東北部)の首都新京(現長春)だ。その郊外に満州建国大学(建大)があった。昭和十八(一九四三)年秋、秋田出身の佐藤善二(ぜんじ)(91)は、五期生の仲間と新しい国の最高学府で学ぶべく門をくぐるやいなや、「えらいところに来てしまった」と思った。

 大地に、ぽつりと校舎や寮が立っている。日(日本)、漢(中国・満州)、蒙(モンゴル)、露(ソ連)、朝(朝鮮)の各民族から選抜された秀才が学ぶキャンパスは、イメージとは大違いだった。

 しかし、そこでの日々は佐藤たちを変えていく。学内では自由だった。「関東軍がつくったので軍隊式で自由がないと思うかもしれませんが、違います。図書館にマルクスの本だってあるんだから」

 寮生活では各民族の学生が一緒に暮らし、同じ食事を取る。ここだけの「協和」があった。ある日、満州国政府の方針で日本人は米、中国人はコーリャンと、食事を別にすることになった。建学の理想と裏腹の差別的仕打ち。これに日本人学生が怒った。

 「食事を休止しろ!」。食堂に集まった学生や教官の前で、五期生の安東徹郎(92)が声を張り上げた。「こんなバカな話はない。常日ごろ言っていることと違うじゃないか。学校は間違っている!」。翌日から元通り、米とコーリャンを混ぜた食事に戻った。

 十九(四四)年に陸軍特別甲種幹部候補生の制度ができると、試験を受ける者が続出した。すると陸軍の配属将校が怒った。「見損なったぞ。お前たちは学問の修業に来たんだろう。兵隊になるとは、何事だ!」。しかし、やがて学生たちは現地召集され、入営していった。帰省中に風邪をひいて幹部候補生の試験を受け損ねた佐藤も、二十(四五)年五月、二等兵としてソ連との国境に近い部隊に配属された。七月に朝鮮国境に近い通化への転進命令が出て、現地の山中で終戦を迎えた。

 武装解除された部隊は、ウラジオストクに向かったが、行く先に不安が募る。「学校に帰ろう」。仲間と図り、佐藤はホームの向かい側に停車した避難民を乗せた列車に移り、トイレに隠れた。見つかれば殺される。知人のいる街近くで下車し、つてを頼って九月上旬、新京に戻った。

 学舎は荒れ果てていた。「塾(寮舎)とか、ぐちゃぐちゃに壊されていました」。農業班だった佐藤らは、残っていた教授と一緒に農場で汗を流した。だが教授は農民に殺されてしまう。佐藤らは、教員宅に分宿して息を潜め、助教授の小糸夏次郎から論語を習った。ほどなくしてソ連兵に見つかり、連行された。ピストルを突きつけられ「謀議を図ったんだろう!」と追及されたが、認めなかった。釈放後は、幕末の志士・中岡慎太郎の偽名で通し、肉体労働や農家から仕入れた芋を路上で売って糊口(ここう)をしのいだ。

 終戦の翌年五月ごろ、満州国の官吏養成機関だった大同学院の元教授が、佐藤に話を持ち掛けてきた。「日本人はたくさん本を持っている。一カ所に集めて、しかるべきところに寄付したらいい」。佐藤をリーダー格と見込んで、協力を求めた。ソ連軍が撤退し、国民党支配下でつかの間の平和が訪れていた。

 建大生十数人が武徳殿(武道場)に泊まり込み、建大や大同学院の教官宅など蔵書の多い家を大車(ダーチョ)(馬車)で訪ね歩いて本を買い取った。集めた書籍は分類しなくてはいけない。手を差し伸べたのは建大四期の中国人・文積玉だ。文の手配で、中国の元建大生が四、五十人集まった。

 約三カ月かけて集めた七万八千冊の分類を終え、佐藤らがいよいよ祖国へ引き揚げようという九月、文が中心となって送別会を開いてくれた。本に囲まれた武徳殿で、文は「新生中国のために、われわれ学生は勉強しなければならない。君たちに心より感謝する」と話した。続いて佐藤があいさつに立った。「日本人が何を考え、何をなそうとしたのかを、ここに集めた本の中から見いだしてもらえれば幸いです。再見(ツァイチエン)」。『満洲建国大学物語』を著した河田宏(86)によると、本は、長春大学に引き取られたという。

 官吏として満州国に骨を埋める覚悟だった佐藤は、帰国後、大手都銀で支店長などを務めた。建大は「心のふるさと」と言う。「青春時代はあのころしかないもんねえ」

 今も中国の同期生と手紙のやりとりを続けている。国は違っても、同じ仲間だ。

 「あのころが非常に懐かしいです。民族には差がないですよ。何にも差がない」 (敬称略)

      ◇

 「一首のものがたり」は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。 (前文化部長・加古陽治)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報



ピックアップ
Recommended by