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【文芸時評】

佐藤友哉「ドグマ34」 上田岳弘「私の恋人」 沼野 充義

 『群像』に片岡義男が三つの短編を載せている。片岡といえばアメリカ文化に通暁したベテラン作家で、今回の作品も、カタカナ語とセンスのいい男女の会話がちりばめられた、いつもながらのカッコいい都会小説だが、「和風」の味が意外に強く効いている。例えば「おでんの卵を半分こ」は、ある作家と、自分の裸体を撮り続ける女性写真家の出会いを描いたものだが、おでん屋で輸入物のナイフを使って一つの卵を切り分けて、仲よく「半分こ」して食べるという女性の意表をつく行動が印象的だ。ちなみに、三月に芸術選奨文部科学大臣賞を受けた出久根達郎(でくねたつろう)の『半分コ』(三月書房)はしみじみした味わいの短編集で、特に表題作の「半分コ」が泣かせる。対照的な二人の手練が、同じ言葉で出会うことになった。

 三十代作家の意欲作にも目を向けよう。佐藤友哉(ゆうや)の中編「ドグマ34」(『すばる』)は、作者自身を多分に思わせる現在三十四歳の「僕」が、一九九七年に神戸市で起きた猟奇的な連続児童殺傷事件の現場に「侵入」し、取材をするという設定。「僕」は「酒鬼薔薇(さかきばら)事件」についてこれまで書かれたものはすべて「二次創作」だと批判する。そして、いま三十一歳になっているはずの犯人を「あのひと」と呼びながら、「本当のこと」を探ろうとするのだが、結局その過程自体が新たなフィクションを生み出す行為とならざるを得ない。

 『太陽・惑星』(新潮社)で注目された新人、上田岳弘(たかひろ)は、力作中編「私の恋人」(『新潮』)を発表している。十万年前にシリアの洞窟に住んでいたクロマニョン人と、ナチスの収容所で殺されたユダヤ人と、現代の東京で働く会社員。時間も場所も異なるこれら三人はじつは同じ「私」の生まれ変わりであり、十万年前に「私」は現代の人類のことを正確に予知していた。そして現在、人類は「行き止まりの旅」の三周目を終え、新たな時代に入ろうとしている……。荒唐無稽なSF的設定だが、世界と歴史を見通す知的な幻視力の比類ない強さを感じさせる。未来を切り拓(ひら)く力となるだろうか。

 佐藤モニカの九州芸術祭文学賞最優秀作「カーディガン」(『文学界』)は、地味なリアリズム作品のようで、じつはなかなか「飛んでいる」。沖縄在住の三十すぎの女性のもとに、ブラジルから、日系移民四世の若いいとこが遊びに来る。しかし、このいとこ、出迎えてみると、ピンクのカーディガンを着た「女性のような」恰好(かっこう)をした男で、普通の観光には興味を示さず、ジョギングとカラオケに明け暮れる。「私」が彼にお土産として買ってあげるブラジャーとパッドをめぐるエピソードが、秀逸。沖縄やブラジル移民といった「周縁」の話題は重苦しくなりがちだが、それをきめ細かく軽快に仕上げた手腕は素晴らしい。

 最後に、私事になるが、この文芸時評欄を担当してすでに十年になる。開始時は五十歳で、気分的にはまだ若者の味方だったが、その後自分自身が次第に不機嫌な小言爺(こごとじじい)になってきたことを感ずる。もっとも、権威におもねることも、若者に媚(こび)を売ることもなく、言うべきことを言う役割は必要だと考えて続けてはきたのだが、還暦を過ぎた今が潮時ではないかと進退を判断して、今月をもって最後とすることにした。

 小野正嗣(まさつぐ)の感動的な芥川賞受賞スピーチ(『群像』に掲載)によれば、作品とは「与えるもの」だという。確かに私も優れた作品の数々から多くを与えられ、それが時評という苦行の、何よりの喜びとなった。他方、批評家として自分が作家や読者に何を与えられたかと考えると、忸怩(じくじ)たるものがある。ただし、文学の価値の自律性を大前提としながらも、社会の中の文学、そして世界の中の日本文学について常に意識的であった点だけは、自分の姿勢が貫けたのではないかと思う。

 長年愛読し、支えてくださった皆さまに御礼を申し上げるとともに、より若い時評家の活躍を期待したい。見回してみれば、いま日本は、そして世界は大変なことになっているが、それだけに文学だけは頑張ってほしい、これが崩れたらおしまいだ、と言っておく。もっとも、優れた書き手が現実とわたり合い、最先端を切り拓き続けている限り、絶望するにはまだ早い。十年間の時評の仕事を通じて、その手応えは確かにあった。

 昨年十二月に詩人の岩田宏が八十二歳で亡くなり、『現代詩手帖』三月号が追悼特集を組んでいる。そこに再録された、彼の代表作の一つ「永久革命」(一九六二年)の一節を、締め括(くく)りとさせていただく――そして憲法がいびきをかき(中略)/「すべての道は老婆(ろうば)に到(いた)る! さもあらばあれ/文体よりも軍隊にきをつけてくれ おさらばだ/革命ばんざい 永久革命ばんざい!」――

 (ぬまの・みつよし=東京大文学部教授、ロシア東欧文学・現代文学論)

      ◇

 二〇〇四年十二月に始まった沼野充義さんの文芸時評は今回で終わり、四月からは批評家で早稲田大教授の佐々木敦さんが担当します。佐々木さんは一九六四年、名古屋市生まれ。二十代のころから映画批評を始め、その後は対象を音楽、文学、舞台、美術、思想などに広げてきました。多ジャンルを「貫通」する、旺盛な執筆活動で知られています。著書に『文学拡張マニュアル』『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』など。

 

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