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【文芸時評】

文芸 この1年 佐々木敦氏、倉本さおり氏対談(上)

対談する書評家の倉本さおりさん(左)と評論家の佐々木敦さん=東京都内で

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 毎年恒例の「文芸この1年」対談です。今年4月から本紙の文芸時評を担当している気鋭の批評家佐々木敦氏と、「週刊読書人」の文芸時評を1年間担当してきた書評家、ライター倉本さおりさんに、2015年の文学を語り合ってもらいました。 (文中敬称略)

 佐々木 今年はやはり又吉直樹『火花』の年だった一面がありますね。人気お笑い芸人が、こんな本格的な作品を書いたというインパクトがあった。三島賞では高評価を受けたけれども落選し、芥川賞で満を持して受賞した。ただ、ものすごく本が売れたとか、どうしても数の話になってしまう。作品をどのように捉えるかが難しい。

◆お笑い世界 小説作法で

 倉本 『火花』が「文学界」に掲載された時、文芸畑の人はどう褒めるか足踏みしていた印象を受けました。「もはや芸人の余技ではない」とか、奥歯に物がはさまった言い方しかできなくて。でも、そんな触れ方じゃ、作品にとっても文学にとっても意味がない。彼はお笑いの世界を完全に文学の作法で逃げずに書き切った。お笑いって何が面白いのかという物差しが分かりにくいジャンルですが、それを徹頭徹尾、小説の言葉で説明し尽くそうとした。この試みがすごい。

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 佐々木 私も『火花』は面白く読みました。芥川賞を貰(もら)っていい作品だと思います。ただ、作品の評価とは別次元で、文学の世界の「集合的無意識」によって、芥川賞を取るまでをゴールとするプログラムができていたんじゃないかとも思えます。

 倉本 いくらでも議論のネタがある作品なのに、受賞でぱっと話題がなくなった感じで…。なぜこれが芥川賞なのかをもっと検討すべきでは。私たちは『火花』を芥川賞にしたことに対して、もう少し責任を取らなきゃいけない気がします。もっと作品に文学的な議論をぶつけるべきじゃないかと。

 佐々木 一九九〇年代ぐらいから異業種からの参入組が文学賞を取るようになった。その中で一番すごい存在になったのはミュージシャン出身の町田康。又吉がそういう系譜に位置付けられるかは、今後を見ないと分からない。僕は二作目をすぐ書くべきだと思います。「二作目は一作目よりも面白くないね」とか言われながら三作目も書く。又吉が小説家としてやっていくならそれしかないと思う。

◆古典と向き合う個性派

 倉本 ほかの作品を挙げましょう。上田岳弘『私の恋人』、滝口悠生『愛と人生』といった「純文学なの、これ?」みたいな非常にユニークな作品が、新潮系の新人作家からいっぱい出ています。実際、エンタメ作家からも「エンタメの形骸化した部分をぶち壊すような、すごく面白い作家が純文学から出てきた」という声を聞きます。

 佐々木 SFやミステリーなどがジャンル性を意識しすぎているから、そこに収まらない才能が「純文学」に入ってきているという雰囲気は確かにあります。古川日出男は完全にそうですね。

 倉本 古川の『女たち三百人の裏切りの書』は、源氏物語という日本最古の物語に、「いま、ここ」の次元で真摯(しんし)に対峙(たいじ)していくさまが圧巻。

 佐々木 古川にはもともと物語の淵源(えんげん)を掘ってゆくような感覚があるので、ある意味必然だったのかも。河出書房新社の日本文学全集で、町田、古川、円城塔ら非常に強い文体と方法論を持った小説家たちが、それぞれに古典と向き合って新訳をしています。自作にいろんな形で影響していると思います。

 倉本 星野智幸『呪文』を今年を代表する一作に挙げる人は多いのでは。悪意みたいなものがソーシャルネットワーク上の速い言葉で拡散、増幅して、という現代的なテーマを取り込んでいる。ラストは明確な解決を与えられず、もやっとしたまま終わるんだけど、それこそ「文学の言葉とはなんぞや」というテーマをきちんと提示している。

 佐々木 星野は『俺俺』『夜は終わらない』で自分の方法論を完全に見いだした。今起きている、あるいはこれから起きるであろう忌まわしいものを捉えることが文学の一つの役割だとすると、それを技術的に高い次元でやれている。文学はエンタメと違って、解決や収束を必要としない。オープンエンドでいいところがある。『呪文』は明らかにわざとそれをやっている。同じく村田沙耶香『消滅世界』も、現代日本の新しいタイプの風刺文学だと思います。

◆「消滅世界」は思考実験

 倉本 村田は前作の『殺人出産』で、十人子供を産んだら一人殺してもいいという社会を描きました。『消滅世界』は性別がまったく意味をなくす世界です。価値観がどんどん転覆していく。

 佐々木 『消滅世界』は一種の思考実験で、性交や結婚、出産など自明視されてきたものがすべて破壊される。その暴走するロジックだけで三百枚になっている小説。海外の作家ならもっと登場人物に肉付けして物語的な展開を持たせた大長編になる題材。その核の部分だけを書いている。これ以上進むと、小説は思考だけを映せばいいのかという問題も出てきます。

◆両氏が選んだ今年の5冊

【佐々木敦氏】

▼円城塔『プロローグ』(文芸春秋)

▼磯崎憲一郎『電車道』(新潮社)

▼筒井康隆『モナドの領域』(同)

▼福永信「未来を生きる君へのダイイングメッセージ」(『すばる』7月号)

▼滝口悠生『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(新潮社)

【倉本さおり氏】

▼星野智幸『呪文』(河出書房新社)

▼村田沙耶香『消滅世界』(同)

▼古川日出男『女たち三百人の裏切りの書』(新潮社)

▼又吉直樹『火花』(文芸春秋)

▼滝口悠生「死んでいない者」(『文学界』12月号)

 

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