東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 文芸時評一覧 > 記事

ここから本文

【文芸時評】

鴻池留衣「二人組み」 町屋良平「青が破れる」 佐々木敦

 大学で担当している演習の授業で、今期は「文芸誌の研究」ということをやってみている。履修者は三十名ほど。この欄で取り上げている文芸誌の最新号を各自一冊選んで、ひとりずつ発表をさせている。演習の題目は「エディター文学論」。いま私が教えているところは出版業界への就職を希望する者が多く、中には小説家志望もいたりするので、面白いのではないかと思ったのだ。

 カリキュラムの始めに、学生たちそれぞれに「文芸誌」にかんする認識を自己紹介を兼ねて話してもらった。シラバス(授業要項)にも「文芸誌を扱う」と記してあり、そのつもりで履修登録をした者たちであるはずだが、ほとんど全員がこれまで「文芸誌」なるものを読んだことがなく、中には存在さえ知らなかった学生も居(お)り、かろうじて「買うことはめったにないが新しい号が出たら書店でチェックはする」という者が二、三名居たに過ぎなかった。私はこの結果をなかば予想していたが、それでもいろいろと考えてしまったのは事実である。とはいえ、必ずしも悲観しているわけではない。学生たちが「文芸誌」という不思議なものと遭遇して、どんなことを思い、何を考えるのか、とても興味がある。せっかくこうして文芸時評をやっているのだから、今後はその演習にかかわる話題も折に触れて書いていこうかと思っている。

 今月は、『新潮』11月号、『すばる』11月号、『文藝』冬号の三誌で新人賞が発表されている。新潮新人賞は鴻池留衣(こうのいけるい)「二人組み」と古川真人(まこと)「縫わんばならん」のダブル受賞。すばる文学賞は受賞作が春見朔子「そういう生き物」で佳作がふくだももこ「えん」。文藝賞が町屋良平「青が破れる」。それぞれの選考委員の選評を読んでも、自分で一読してみても、文句なしの鮮やかな受賞と呼べる作品は残念ながら一つもない。才気も意欲も一定以上認められるのだから、多少の弱点には目をつぶって、ともかくも世に送り出そう、という感じである。もちろんそれで構わないのだ。

 「二人組み」は、優等生だがひねくれた反逆児の中三男子の本間が、坂本ちゃんという極端に無口でおとなしい女子に八割が性的、二割がナゾの興味を抱いて接近する。かなり達者な文章で、身もふたもないことをさらりと書いてのけるさまにひかれた。今風の作品で完成度も高い。ただその分こぢんまりとしている感もある。これとは対照的に「縫わんばならん」は、長崎県の島の旧家を舞台に、四世代、一世紀以上の時間を封じ込めた野心作である。記憶という、けっして順序立てて流れているわけではない捉え難いものを相手取っているのだが、方法に筆力が追いついていない。小説的な試みとしての高度さを自ら宣言しているような記述が複数あるのも気になった。ちなみに先の演習の第一回発表では、二人の学生が共に『新潮』の新人賞を取り上げていて、ひとりが「縫わんばならん」は滝口悠生の芥川賞受賞作「死んでいない者」、そして『新潮』の同じ号に掲載されている滝口の新作「茄子(なす)の輝き」に似ているのではないかと指摘していた。

 「そういう生き物」は、五編の中でもっとも気持ち良く読んだ。「どこかでこぷこぷと音を立てているものの正体に、私はまだたどりつけずにいる」という最初の一文からごく自然にひき込まれる。ストーリーは性的にデリケートな内容を扱っているが、題材よりも素朴だが清新な文章の魅力で勝負している作品だと思う。それだけに、筋運びの人工性が目立った。「えん」は十七歳の女の子を描いた青春小説として良くできている。ある意味、五人の中でもっとも即戦力感があるが、それは同時によくあるタイプということでもある。作者は「父の結婚」で商業デビューも果たした映画監督でもあるが、小説も書いていくのだろうか。

 「青が破れる」は、文藝賞の伝統(?)ともいうべき野性味のある佳作である。ボクシングをやっている「おれ」の語りは、朴訥(ぼくとつ)としながらも時として妙に哲学的になり、比較的短い分量のわりには意外なほどドラマチックな事件が次々起こるのにも驚く。面白いのだが、よく読むと微妙に計算されているようにも思えてきて、計算の何が悪いのかと問われそうだが、ひらがなの意識的な多用といい、一皮むけば確信犯、という感じは逆にマイナスに思えた。二作目が問題だと思う。

 『文学界』11月号で、阿部和重が長編小説「Orga(ni)sm」の連載を開始している。『シンセミア』『ピストルズ』に続く「神町三部作」完結編とのことである。前二作とはまたしても趣向を一変し、いきなり作者と同じ名前の人物が登場する。二〇一四年三月三日夜、「阿部和重」宅に「ニューズウィーク」の記者を名乗る血まみれの「ラリー・タイテルバウム」が訪問する。まだ何が何だかわからないが、すでにして阿部ならではのたくらみの予感がぷんぷんする。

(ささき・あつし=批評家)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報