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【文芸時評】

文芸この1年 佐々木敦さん×鴻巣友季子さん 対談(上)

2016年の文芸作品を振り返る佐々木敦さん(右)と鴻巣友季子さん=東京都千代田区で

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 毎年恒例の「文芸この一年対談」をお届けします。本紙で文芸時評を執筆している批評家佐々木敦さんと、『嵐が丘』などの訳書で知られる翻訳家の鴻巣友季子さんが、二〇一六年の文学について熱く語り合いました。 (文中敬称略)

 佐々木 今年の文芸作品で最初に出てくるのは、やはり村田沙耶香『コンビニ人間』かなと思います。

 鴻巣 村田は『殺人出産』『消滅世界』で、セックスと生殖、結婚という概念を一つのラインで捉えずに分断し、ディストピア(反ユートピア)小説として書いていて、かなり注目していました。今回は一見さわやかにコンビニで働く女性を描いている。

 佐々木 ポジティブで、コンビニ大好きという主人公ですもんね。

 鴻巣 でも、読んでいくとおかしいな、と。彼女は「コンビニ教」に取り込まれている。なぜそうなったかというと、年頃になったら就職して、結婚して出産し、子育てをしなくてはいけないという、いわゆる「普通教」に抗(あらが)うためなんですね。村田の作品は常に、一つの正義に洗脳されるのは狂気ですよ、という警告が通奏低音としてある。今回は、そこに身近なコンビニという場所を使ったのが勝利だったと思います。

 佐々木 『コンビニ人間』はものすごく売れた。作品が優れていることに加え、著者がコンビニでずっと働いているという情報がワンセットになったことは否めません。ちょっと変わった主人公の女性は作者自身だという錯覚が、大きな話題を呼んだ。著者のキャラクター性と本の売り上げが分かち難く結び付いていることは、昨年の芥川賞受賞作、又吉直樹『火花』ではっきりしたと思います。

 鴻巣 芥川賞作家のキャラ化は、(二〇〇四年に受賞した)綿矢りさ、金原ひとみのころが始まりでしょうか。又吉と同時受賞の羽田圭介も成功例の一つですね。私たちの青春時代ってテクスト批評が全盛で、作家と作品をセットにして読むことは厳に戒められた。でも今世紀に入り、作家研究と合わせて作品を読む流れが戻ってきたように感じます。

 佐々木 テクストを著者から完全に切り離して読むことはそもそも無理があったし、自然な流れかなという気もしますね。その点では、日本における作品主義、テクスト論の代表格といえる蓮實重彦(はすみしげひこ)が『伯爵夫人』を書いて三島由紀夫賞を取り、なおかつ受賞記者会見でキャラも爆発したというのはすごいことだと思う。どう読んでもポルノ小説なんだけど、それを元東大総長が書いたというスキャンダリズムに、書く側がまったく無意識だったとは思えない。

 鴻巣 羽田の『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』は世界中の人々が突然ゾンビ化するという物語です。この四半世紀の米国カルチャーはずっとゾンビが流行で、なぜだろうと不思議だった。でもこの本を読んで、擁護されるマイノリティや移民を横目に負担感に耐えてきた白人のサイレントマジョリティーが、行き場のない鬱憤(うっぷん)をゾンビを退治することで晴らしていたのかと戦慄した。それが爆発し、トランプ大統領が生まれたのかと。ゾンビって、欧米では人種差別や隔離政策の暗い歴史を暗示する存在ですから。

 佐々木 今の日本の「空気を読め」という社会観を寓話(ぐうわ)化する形でゾンビを出している。さらに文壇批判小説でもある。芥川賞受賞後、テレビに出まくるようになった自身の境遇を含め、羽田が「皆さん、私はゾンビになっていますか」と問うているような小説だと思いました。

 羽田が芥川賞サイドにとどまるのか、直木賞サイドに行くのか、作品の重心が揺れているという見方もできる。その点、角田光代や吉田修一はどちらも純文学の出身だけど、ジャンル性とは無関係に日本社会を相手にした大きな小説を書いています。

 鴻巣 角田の『坂の途中の家』には度肝を抜かれました。法廷ドラマなのに「裁判長、異議あり」みたいな丁々発止のせりふが一切なく、法廷での出来事が要約と登場人物の心の動きだけで描かれている。幼児虐待をテーマにした小説ですが、角田が一番書きたかったのは、言葉の要約に潜む暴力や凶暴性ではないかと思います。

 佐々木 角田はチャレンジャーで、毎回手を替え品を替え書いている。自分自身の体験や内面から演繹(えんえき)するのでなく、調査と想像で書いているのもすごい。

 鴻巣 確かに角田は自分のキャラと一体化させて小説を売らない。それはフィクションを書き上げる強靱(きょうじん)な意志によると思います。

◆2人が選ぶ今年の10冊(刊行順)

【鴻巣友季子さん】

▼戌井昭人『のろい男 俳優・亀岡拓次』(文芸春秋)

▼角田光代『坂の途中の家』(朝日新聞出版)

▼川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)

▼長嶋有『三の隣は五号室』(中央公論新社)

▼奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』(講談社)

▼村田沙耶香『コンビニ人間』(文芸春秋)

▼辻原登『籠(かご)の鸚鵡(おうむ)』(新潮社)

▼恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)

▼羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(講談社)

▼木村友祐『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社)

【佐々木敦さん】

▼堀江敏幸『その姿の消し方』(新潮社)

▼片岡義男『と、彼女は言った』(講談社)

▼川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)

▼伊井直行『尻尾と心臓』(講談社)

▼長嶋有『三の隣は五号室』(中央公論新社)

▼蓮實重彦『伯爵夫人』(新潮社)

▼村田沙耶香『コンビニ人間』(文芸春秋)

▼保坂和志『地鳴き、小鳥みたいな』(講談社)

▼山下澄人『しんせかい』(新潮社)

▼今村夏子『あひる』(書肆侃侃房)

 

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